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令和4年11月10日(木曜日)付け官報にて、文化財保護法第109条第1項の規定に基づき、史跡「斐太遺跡群 吹上遺跡・斐太遺跡・釜蓋遺跡」に上越市の釜蓋遺跡を、史跡「佐渡金銀山遺跡」に新穂銀山跡を、追加指定した旨の告示がありました。
【国指定史跡】追加指定
(名 称)斐太遺跡群 吹上遺跡・斐太遺跡・釜蓋遺跡(ひだいせきぐん ふきあげいせき・ひだいせき・かまぶたいせき)
(所在地)上越市大和五丁目
【概要】
斐太遺跡群は弥生時代中期中葉から古墳時代前期にかけて形成された拠点集落の遺跡群で、高田平野に所在する吹上遺跡、斐太遺跡、釜蓋遺跡の3遺跡から構成されます。
釜蓋遺跡は、弥生時代終末期から古墳時代初頭にわたって営まれた低地の環濠集落です。環濠は、集落東側を流れる川に接合していたと考えられることから、舟運による物流を中心とした地域の拠点集落であったと想定されています。
今回、追加指定された範囲は、既指定地から連続する川の左岸にあたる環濠集落の南東に位置する部分です。令和2~3年度に上越市教育委員会が実施した確認調査の結果、既指定地と同時期の竪穴建物、土坑、溝などが検出され、釜蓋遺跡がさらに南側へ広がることが明らかとなりました。特に、既指定地では未確認であった時期の特大型竪穴建物跡(一辺約11m)が確認される等、釜蓋遺跡の集落構造やその変遷を考える上で重要な成果となりました。

釜蓋遺跡の航空写真
【提供:上越市教育委員会 青線:既指定地 赤線:追加指定地】
【国指定史跡】追加指定
(名 称)佐渡金銀山遺跡(さどきんぎんざんいせき)
(所在地)佐渡市新穂北方
【概要】
佐渡金銀山遺跡は近世から近代に稼働した鉱山遺跡で、道遊の割戸で知られる相川金銀山、相川に先んじて発見された鶴子銀山や西三川砂金山、さらに北沢浮遊選鉱場や大間港等の近代関係の施設から構成されます。
追加指定の新穂銀山跡は、正確な発見年は不明ですが、中世期の代表的な採掘形態である露頭掘り跡が多く見られることなどから、16 世紀後半には採掘が始まっていたと推測され、17 世紀前半に最盛期をむかえたことが記録に残ります。その後は徐々に衰退し、明治時代以降、三菱合資会社(後に三菱鉱業株式会社)による探鉱が行われましたが、本格的な操業までに至らずに閉山しており、現在、鉱石の採掘は行われていません。
分布調査により、露頭掘り跡、間歩跡、テラス状遺構、石組遺構、古道など鉱山に関わる遺構が確認されています。なかでも操業初期に採用される露頭掘りが多く、広範囲に分布していることが判明しました。また、鉱山絵図や関連図面、古文書等の文献史料のほか、鉱石粉成用の石磨や扣石等も残っています。
中世期の採掘形態である露頭掘りに特化した新穂銀山跡は、戦国時代末期に坑道掘りが導入される以前の佐渡の鉱山形態を知る上で重要な遺跡です。
新穂銀山跡の露頭掘り跡
【提供:佐渡市観光振興部世界遺産推進課】