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34 大森子陽の墓

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0053347 更新日:2019年3月29日更新

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概要・良寛とのゆかり

 大森子陽は良寛が少年時代に学んだ漢学の塾・三峰館の師。寺泊の当新田に大森子陽の墓がある。
墓標の傍らには師への思いを綴った良寛の詩碑がある。
 大森子陽は寺泊当新田の万福寺に生まれた。23歳で江戸に出て、荻生徂徠学派の滝鶴台に学び、後に北越四大儒の一人といわれた。
 27歳の時に越後へ戻り、地蔵堂で狭川塾(三峰館)を開いた。途中、江戸に再び遊学して塾を閉めていたが、帰国して再開した。
文孝時代の良寛が17歳までの合計6年間をここで学んだという。
 良寛が円通寺から戻った時には、鶴岡に行っていた子陽は彼の地で亡くなっており、遺骨は大森家と共に建てられた墓の中に納められていた。
師の墓を訪ねた良寛は、墓前を去るに忍びなく涕涙した。この時詠んだ子陽先生を弔うの漢詩は有名である。
 鶴岡には大森子陽の鬚髪碑がある。

全景写真

大森子陽の墓の全景の画像
大森子陽の墓の全景写真

詩歌碑・像

良寛詩碑(子陽先生の墓を弔う)

良寛詩碑(子陽先生の墓を弔う)の画像

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