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【魚沼】中越大震災を振り返る ~教訓を伝えて活かす~

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0062027 更新日:2014年10月21日更新

中越大震災から10年 教訓を伝えて活かす

国道252号魚沼市上稲倉地内(平成16年10月24日撮影)の画像
国道252号魚沼市上稲倉地内(平成16年10月24日撮影)

 2004年10月23日午後5時56分、最大震度7の激しい揺れが新潟県中越地方を襲いました。魚沼市内でもがけ崩れや道路の崩落が発生するなど大きな被害となりました。
 今年は中越大震災発生から10年目。これからの災害対策に活かすため、当時を振り返る意見交換会を開催しました。
 市内の被害は震源(旧川口町)に近い旧堀之内町、旧広神村に集中し、市全体の公共土木施設被害の8割を超えました。被害の大きかった地区を代表して、堀之内地区から井上土建工業(株)の角谷さん、(株)中豊組の中村さん、広神地区から(株)イシヅカの松田さん、(株)貝瀬組の高橋さんの4名からお話を伺いました。
 ※:平成16年11月1日、堀之内町、小出町、湯之谷村、広神村、守門村、入広瀬村の6町村が合併して魚沼市が誕生しました。地震から9日目の事です。

中村さん(奥)、角谷さんの画像
中村さん(奥)、角谷さん

 「地震発生当日は、これほどの被害になっているとは思わなかった。」「被害状況はわからないが、とにかく夜明けと同時に集合し、段差ができて通れなくなった道路を手当たり次第応急復旧した。」「社員の中には被害の大きい地域に住んでいる者も多く、初動体制を確保するのに苦労した。」「資材を調達するのに苦労した。ただ、日頃からつきあいのある業者さん同士で協力し合って、被害の少ない南魚沼方面からも応援してもらった。」「農地の復旧も数多く担当したが、現場条件の悪い山奥が多く、苦労した。」
 と、皆さん当時を思い出し、被害の大きさに驚きながらも、自分たちがやらなければという使命感に突き動かされて、休みなく仕事をしたといいます。道路全体が消失するような大きな被害の現場では、車が通行できない道を重機用の燃料を毎日背負って運んで復旧作業をしたなど、大変な作業をスピード感をもって実施してきた貴重なお話がありました。

高橋さん(奥)、松田さんの画像
高橋さん(奥)、松田さん

 魚沼市は県内でも有数の豪雪地帯です。降雪前に復旧が進まなければ除雪をすることも出来ず、交通が閉ざされるということで、第一優先は道路の復旧でした。それも、降雪前にということで時間との戦いでした。
 いつまでに、何をすべきか、優先順位は何か、目標を明確にすること。そしてそれには住民の理解を得ること。など、今後の災害対応に大いに参考となる発言が数多く出されました。

平成26年10月16日(魚沼地域振興局)の画像
平成26年10月16日 魚沼地域振興局にて

 意見交換の内容は”魚沼の魅力と魚沼を支える建設産業のスペシャリスト達を紹介する「せせらぎ かわら版」No.16にも掲載する予定です。

魚沼を支える建設産業のスペシャリスト達を紹介する『せせらぎ かわら版NO.16』[PDFファイル/1.91MB]

中越大震災被災箇所と現在

中越大震災主な被災箇所と現在[PDFファイル/7.53MB]

データで見る被害状況(公共土木施設)

平成16年2月集計の画像1
平成16年2月集計

平成16年2月集計の画像2
平成16年2月集計

地域整備部 地震関係資料(平成16年度作成)

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