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【新潟市】新川河口排水機場

穀倉西蒲原の農地や集落を守る排水施設
西蒲原地域は信濃川が氾濫を繰り返し形成された低平地で幾度も甚大な洪水被害を受けてきました。この地域の排水改良の歴史は江戸享保年間に大河津分水の請願から三百年にもわたります。地域内には鎧潟・田潟・大潟(通称三潟)を始めとする多くの潟や沼・窪地がありましたが、文政元年(1818)にそれらの水を海へ抜くための新川の開削に着手以来、様々な排水改良を進めてきました。新川河口排水機場を始めとして多くの排水機場や排水路が建設されたことで干拓や乾田化が進み今日のような広大な穀倉地帯へと変貌しました。西蒲原地域の約6割は今もポンプによる強制排水区域でこれらの排水施設が農地や集落を守るために重要な役割を果たしています。
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