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46 原田鵲斎旧宅跡

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0053495 更新日:2019年3月29日更新

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概要・良寛とのゆかり

 原田鵲斎、正貞親子とも医を業としながら詩文の才があり、良寛と親交があった。現在は家はなく、良寛歌碑があるのみ。
 原田鵲斎は良寛と大森子陽塾で同門である。江戸で医学を修める。医業のかたわら漢詩、和歌、俳諧をたしなむ。良寛との唱和作品も多かった。
またよく酒を酌み交わした仲でもあった。
 良寛の少年時代からの友人鵲斎がはじめ、ここ真木山の地で分家して医業を始めたが、間もなく現在の中島原田家の地に移った。
晩年は加茂に隠居した。

中島の原田家宅の画像
中島の原田家宅

全景写真

原田家旧宅跡にある良寛歌碑の写真

詩歌碑・像

良寛歌碑(こぞのはる):平成元年(1989)建立。

良寛歌碑(こぞのはる):平成元年(1989)建立の画像

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