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【三条】越後のミケランジェロ 石川雲蝶
越後のミケランジェロ 石川雲蝶
1814(文化11)年、江戸の雑司が谷(現東京都豊島区)に生まれた石川雲蝶。本名は、石川安兵衛と言いました。江戸彫りの一流派・石川流の本流門人であり、20代ですでに彫物師として名を馳せていたと言われています。
雲蝶が越後入りしたのは30代の前半。越後三条(現三条市)の金物商で、法華宗総本山・本成寺の世話役だった内山又蔵との出会いに端を発します。ちなみに「良い酒とノミを終生与える」ということが、越後へ来ることを決めた条件とか。越後三条を拠点に、近隣で創作活動を開始した雲蝶は、後に内山氏の世話で三条の酒井家に婿入り。名実ともに“越後の人”となりました。ひとたびノミを握れば神業的な作品を手掛けた雲蝶。その妙技から生み出される木彫りや石彫、絵師を思わせる見事な絵画まで、息をのむ数々の作品はまさに“越後のミケランジェロ”と称えられるにふさわしいと言えます。明治の中頃に三条の住まいをはじめ、菩提寺の本成寺が火災に見舞われ、彼の素顔を記す資料も焼失。謎に包まれた雲蝶ですが、またそれも彼の作品を鑑賞する上で、想像力をかきたてる要素となっています。(「越後のミケランジェロ石川雲蝶」(新潟県観光協会)より)
資料:「越後のミケランジェロ石川雲蝶」(新潟県観光協会)、「越後の名匠石川雲蝶」(木原尚著、新潟日報事業社)
本成寺(三条市西本成寺一丁目1-20)
法華宗総本山本成寺
飛龍/装飾(本成寺)
赤牛/置物(本成寺)
老人と鯉/向拝(本成寺)
石動神社(三条市吉野屋地内)
石動神社
源頼光四天王の蜘蛛退治/欄間(石動神社)
加藤清正と高麗人/脇障子(石動神社)
神功皇后と武内宿禰/脇障子(石動神社)
本徳寺(燕市米納津1795)
本徳寺本堂
本徳寺獅子(向拝)、波に亀(手挟)
石川雲蝶ガイド「三条雲蝶会」
三条雲蝶会は、「石川雲蝶ガイド養成講座」(平成21年度、三条市主催)受講生のうち雲蝶の魅力にとりつかれた有志15名が結成した市民ガイド団体です。
本成寺や石動神社に残る雲蝶作品を案内するガイドを行っています。
ガイドの申込など詳細は、三条市役所へお尋ねください。
三条市役所ホームページへ<外部リンク>
三条雲蝶会によるボランティアガイドの様子
三条雲蝶会のみなさん
新舞踊「雲蝶さん」(三条雲蝶会)
新舞踊「雲蝶さん」
三条雲蝶会による新舞踊「雲蝶さん」は、長橋正宣さん作詞、中島昭二さん作曲・歌、丸山玲子さん振付の舞踊です。
踊りは粋で、雲蝶さんの越後入りから、一心不乱にノミをふるう姿を余すところなく表現しています。
石川雲蝶生誕200周年記念事業
幕末から明治初期にかけ、三条を拠点として県内に多くの作品を残した木彫りの名工「石川雲蝶」。その「石川雲蝶」が平成26年に生誕200周年を迎えました。
石川雲蝶関連リンク
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