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むらかみ・いわふね珍風景(珍風景番号102)

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0052740 更新日:2021年1月22日更新

6・3・3制発祥の地(珍風景番号102)

6・3・3制発祥の地(珍風景番号102) の画像

 6・3・3制は、日本の一般的な学校制度の通称で、小学校6年、中学校3年、高校3年の修業年限からこのように呼ばれています。この教育制度は、第2次大戦後、昭和22年3月に制定された学校教育法により、昭和22年4月から全国で実施されました。

 ところが、それより9か月も早い昭和21年7月2日に、関川村に全国唯一の新教育制度の6・3・3制実験校が設置されました。それが「関谷(せきだに)学園」で、現在の関川小学校の敷地にありました。文部省幹部の新しい教育制度を作りたいという理想に、当時の関谷村長・渡邉万寿太郎(渡邉家当主)が共感し、渡邉家が資金援助して、初等科・中等科・高等科からなる一貫教育・男女共学の実験校が設置されたのです。

 文部省では、農山村部、都市部、漁村部にそれぞれ1校ずつ実験校を設置する計画でしたが、結果的に発足したのは農山村部の関谷学園だけでした。

 そのため、ここが「六・三・三制発祥の地」とされているのです。

記念碑は関川小学校校門の左横にありますの画像
記念碑は関川小学校校門の左横にあります。

 関谷学園は生徒数が千人を超え、数学では学力別のクラス編成が行われ、英語の授業ではできるだけ英語で通すなど、先進的な教育が試みられました。しかし、昭和22年4月の学校教育法施行に伴い新学制に吸収され、わずか9か月で幕を閉じてしまいました。

 その後、昭和47年に佐藤仙一郎関谷学園長の揮毫による「日本六三三制発祥の地」の記念碑が、関小学校の校地(現・関川小学校校地)に建てられました。日本の教育制度に大きな役割を果たした珍風景でした。

これまでの珍風景

絶景の展望台(珍風景番号101)の画像

絶景の展望台(珍風景番号101)
岩山の頂上になにやら建物が
掲載日:平成25年9月13日

 

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