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歴史の古い頭首工~子安頭首工
子安頭首工(上越市下新町)は櫛池川(くしいけがわ)から取水するための施設で、古くは子安堰と呼ばれていました。 とても歴史の古い頭首工で、344年~400年前に掘り継ぎ工事の始まった中江用水や上江用水よりも前に水利権をもっていたといわれています。櫛池川は昔から暴れ川で子安堰はその都度、場所の変更を余儀なくされていました。
大正6年(1917)の櫛池川の改修にともない、コンクリート製の堰に作り替えられました。その後、昭和55年(1980)3月に国営事業で自動開閉門扉三門の近代的な用水堰となりました。
江戸時代の上越地域は、米をより多く生産するため新田開発がさかんに行われていました。当時は小河川や天水等の水を利用して稲作を行っていましたが、安定した取水が可能な施設が必要でした。子安頭首工から取水した水は大道子安用水路により約360ヘクタールのかんがい面積を潤しています。
もともと別所川から取水していた大道郷用水と櫛池川から取水していた子安用水の2本の用水を昭和に入ってから国営事業で統一されたものです。現在は小学生や地域住民を対象とした「農業用水利施設現地学習会」の見学コースのひとつでもあり、地域農業に対して重要な役割を果たしているとともに地域住民との関わりも深い施設となっています。