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見附市の用水を紹介します。

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0053553 更新日:2019年3月29日更新

見附市の用水の歴史

見附市の用水路の地図イメージ画像
見附市の用水路の地図イメージ

 現在、国道8号や新幹線、信越本線などが通過している見附市の耕地は、刈谷田川に設置された刈谷田川大堰によってせき止められた水が利用されています。ひとつは、この堰直上流、右岸にある三扉取水口からの取水です。用水は、荒井江と右岸幹線用水に分かれ、さらに幹線用水路から柳橋江、大面江と小古瀬江に分かれてこの地域の耕地を潤しています。二つめは、大堰から上流5kmほどの刈谷田川右岸のくず巻地内に設置された揚水機場から取水され、昭和江を流下し、この耕地を潤しています。
 この大堰は江戸時代の明暦年間(1655~1658)が始まりで、それ以前は日照りが続くと川の水がなくなり、稲が枯れるなど収穫ができないことが幾度もありました。
 明暦2年(1656)、新発田藩中之島組の大庄屋大竹長右衛門は、藩主の援助を得て刈谷田川に草堰といわれる、川に杭を打って木の枝や萱などで水を堰き止め、土をはさみこんだ堰を村々から1,200人もの人を集めて、築きました。
 村の人たちは、4月~9月の用水期間が終われば草堰を取り壊し、川を利用して物資を運ぶ舟運として利用していました。しかし、簡単に取り壊しできることから洪水になるとすぐに草堰が流され、その草堰の管理は、村の人たちにとって大きな負担でした。

刈谷田川大堰の写真画像
刈谷田川大堰の様子

三扉取水口の写真画像
三扉取水口の様子

明治末期には、煉瓦閘門、昭和の初めにはコンクリート堰に改良されました。

 明治41年(1908)、毎年のように堰をつくり直すようすを見ていた中之島の大庄屋大竹貫一は、舟運のときに撤去する必要が無く、安定した用水取水ができるじょうぶな堰を国や県で造るよう働きかけ、長さ約10m、高さ5m、幅4.5mの煉瓦閘門が完成しました。
 刈谷田川は、全域で複雑に蛇行しており、川幅が狭く、流れも急でたびたび氾濫し、洪水被害を起こしていました。このことから、古くから暴れ川として知られており、煉瓦閘門でも十分とはいえず、その後も洪水で堰が壊れたりしたため、村の人たちはコンクリートによる固定堰を要望していました。しかし固定堰を造ると舟は通れなくなることから、見附や栃尾など上流に住む町の人たちからは強く反対されました。
 固定堰が完成したのは、舟運に代わって鉄道が利用され始めた昭和6年(1931)で、県によって長さ80mの堰がつくられました。耕地は明治14年(1881)、約1,600ha(ヘクタール)であったものが、昭和元年(1926)には約3,400ha、昭和26年(1951)には3,600haと増大し、水がますます不足し、農家で作る水利組合は、堰の水量を増やすため、次のような努力をしました。
 明治42年(1909)、刈谷田川上流の鴉ケ島堰などで水が止められて、下流に水が流れてこなかったことから、人々はその上流の堰がある周辺の土地を購入し、その余水を鴉ケ島堰の下流まで導水し刈谷田川に放流したりしました。大正10年(1921)には、信濃川から取水していた福島江の改修工事(福島江第1次改修)に刈谷田大堰の水利組合も参加して、取水量の3分の1を利用する権利を得て、断続的に用水改修工事が続けられました。

明治末期に造られた煉瓦閘門の画像
明治末期に造られた煉瓦閘門

昭和の初めに造られたコンクリート堰の画像
昭和の初めに造られたコンクリート堰

 このような努力の結果、大堰の水量はしだいに豊かになり、大堰から新たな用水を引くことが可能となりました。その代表的なものが昭和2年(1927)に完成した昭和江です。昭和江はくず巻に揚水機場を設置し、昭和町、新潟町、三条市の大面、帯織に至る広範囲の水田に水を供給する水路で、周辺では新たな開田も進みました。現在、水がとうとうと流れる用水路には、これまでの先人たちの血のにじむような努力が隠されています。
 大堰はその後、昭和36年(1961)、39年(1964)と集中豪雨によって破堤し、その改修工事が進められ、昭和47年(1972)に水門の開閉が電動化され、長さ126mの近代的な可動堰に改良されました。

刈谷田川上流の庄川地域や杉沢地域

沢沿いに設置された用水路の画像
沢沿いに設置された用水路

農業用水として大切な永面のため池の画像
農業用水として大切な永面のため池

 見附市の耕地はこのほか、刈谷田川上流の庄川や杉沢地域にも広がっています。平地とは異なり、村の人たちは、山から流れ出る沢沿いの水を利用するため、耕地まで数キロもの用水路を掘ったり、用水が必要な時にいつでも使えるよう、数多くの「ため池」といわれる施設をつくったりして、水田に水を供給しています。

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