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57 新木家跡

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0053494 更新日:2019年3月29日更新

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概要・良寛とのゆかり

 与板の割元庄屋・新木家は、良寛の父・以南の実家である。新木家は厩橋城の長尾信綱が直江家娘お船との婚儀の際、
付き従ってきた一族と伝えられる。新木家は元禄8年(1695)土地を購入して庄屋となった。以後、明治期までの150年間にわたり割元庄屋を務めた。
 良寛の父以南は、新木家の9代当主与五右衛門の次男として生まれた。長男は11代当主勝富、妹ミナは扇屋本家中川弥五兵衛に嫁ぐ。
異父妹スセは蓮正寺9代住職真教に嫁ぐが38歳の若さで早死し、後妻に母の末妹とみが真教に嫁いだ。
 以南は宝暦5年(1755)出雲崎の橘屋山本家に婿入りし、宝暦9年(1759)名主役を継いだ。妻は山本秀子。子宝に恵まれ、成人した兄弟は7人であった。長男は栄蔵(のちの良寛)。
 十五夜大祭の屋台を奉納している。(造り酒屋扇屋)
 新木家跡には以南の詠んだ句碑がある。

全景写真

新木家跡の全景写真

詩歌碑・像

以南句碑(朝霧に)

以南句碑(朝霧に)の画像

 句の脇に「割元新木家跡 橘以南誕生之地」と津田清楓の書も彫られている。
 山本以南:本名は新木泰雄。1736~1795、江戸時代中期~後期の俳人。近青庵北溟(きんせいあんほくめい)の門流に属した。
 北溟は出雲崎の生まれ、美濃派の俳人である。のちに以南は名古屋の俳人加藤暁台に師事。

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