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30 良寛の妹むらの墓(法福寺)
概要・良寛とのゆかり
 良寛の妹むらの墓が日蓮宗の法福寺にある。
 寺泊の外山家に嫁いだ妹のむらは良寛が寺泊や国上山に住んでいた頃、よく身の周りの世話をした。
 むらは、弟の由之が東北へ旅立つときも良寛と共に送別会を開くなど、兄弟の絆は固かった。
 良寛の妹むらの子供は出雲崎町中条の円徳寺に修行後、能登の龍谷寺住職となる。日養上人という。
むらは、晩年その龍谷寺に住んだ。
 むらの夫・外山文左衛門は回船問屋で酒造業、町年寄や大庄屋も務めた町の名士で、文政7年(1824)3月5日68歳で亡くなった。むらはその後病床に就き、12月17日に亡くなった。享年65歳。
全景写真

詩歌碑・像
良寛の妹むらの墓
 墓には、向かって右側に夫、左側にむら、中央はおそらく長女の戒名が刻まれている。

関係機関リンク先
寺めぐり(上荒町~大町) (長岡市のホームページへリンクします)<外部リンク>





