ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
現在地 トップページ > 分類でさがす > 県政情報 > 県の仕事と組織・付属機関 > 魚沼地域振興局 健康福祉部(魚沼保健所) > 【魚沼】 今年度百歳を迎えられる方に敬老記念品等を贈呈しました

本文

【魚沼】 今年度百歳を迎えられる方に敬老記念品等を贈呈しました

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0315436 更新日:2021年10月8日更新

皆様の長寿をお祝いし健康を祈念しました

 県内で今年度中に百歳になられる方(大正10年4月1日から大正11年3月31日までに生まれた方)は、令和3年9月1日現在、男性162人(対前年度+28人)、女性1034人(+79)の計1,196人(+107)です。
 新潟県では「敬老の日」を中心にこの方々を表敬訪問し、内閣総理大臣の祝状及び銀杯、県知事の祝状及び記念品(漆磨ぐい呑み)をお渡しし、皆様の長寿をお祝いし健康を祈念しました。
 魚沼市内の贈呈対象者は、男性が5人(+1)、女性が20人(±0)の計25人(+1)です。

 また、県内の百歳以上の高齢者(大正10年9月15日以前に生まれた方)は、男性255人(+10)、女性1,950人(+125)の計2,205人(+135)です。最高齢者は、村上市にお住まいの110歳の女性です。
 このうち、魚沼市の百歳以上の高齢者数は、男性7人(+3)、女性39人(+2)の計46人(+5)です。最高年齢は、107歳です。

 当部では、9月16(木曜日)と17日(金曜日)に訪問し、内閣総理大臣と県知事のお祝状・記念品を贈呈しました。その中から12人の方を御紹介します。(順次更新します。)


櫻井タカノ(さくらいたかの)さんは、幼馴染の紹介で結婚した後、新宿で暮らしていましたが、東京大空襲で焼け出され、鍋一つ持って郷里に帰ってきました。その後、温泉街の食堂から始めた飲食店を70年続け、1日も休まずにお店に立つ傍ら、趣味の日本人形作りや、お友達との旅行で暮らしを楽しんでこられました。

櫻井タカノさんは、紺地に白い細かな模様の入った洋服を着て写っています。

 櫻井タカノさんが作った日本人形は、扇子を持ち踊る着物姿のすらっとした芸子さんです。 

櫻井タカノさんがかつて作った日本人形


 

山之内ツル(やまのうちつる)さんは、結婚前は紡績工場で働き、
結婚後は夫婦で農業一筋の働きづめの人生でした。
今は自宅で御自分のペースを守りながら、のんびり暮らしていらっしゃいます。

山之内ツルさんは、紫の薄い洋服を着て、床の間の前で笑顔で写っています。

 


「無我夢中で突っ走ってきた」と話す磯部輝(いそべてる)さんは、大好きだったお連れ合いとの思い出を語ってくださいました。
「夕涼みに、窓を開け川風を入れた部屋で、二人で細川たかしさんの歌を歌ったことがありました」「私は自分がやせていることが気になり、もっと太りたいと言ったら、『お前は今のまま、そのままでいい』と言ってくれました。」

磯部てるさんは、グレーの地に紫の菊と黄色のもみじの模様の服で笑顔で写っています。

 


「若い時は忙し過ぎて、子や孫の成長に気付かなかったけど、今はひ孫の成長の早さに驚くばかりです」とおっしゃる後藤ヒサ(ごとうひさ)さん。近くの医療機関には自分で歩いて行っていらっしゃいます。
また、ひ孫さんたちは、来た時には必ずヒサさんのお部屋に顔を出し、一緒に遊ぶとのことです。

 

後藤ヒサさんは、藤色の洋服に藤色のニットのベストを着て、微笑んでいらっしゃいます。

 


施設で暮していらっしゃる浅井カツ(あさいかつ)さんは、おしゃれが大好き。お祝いの日に合わせて家族が用意した2着のうち、御自身で迷わず選んだ服を着ての記念撮影です。薄藍色の透かし模様の生地に前側の合わせがレースで縁取られた素敵な服で、とてもお似合いです。

浅井カツさんは息子さん夫婦と一緒に、国・県からのお祝い状を持ちながら写っています。


田邊フサ(たなべふさ)さんは、短歌を詠むのが趣味で、私製の歌集を近しい人に配ったこともあります。
現在は週2日デイサービスを利用しながら、暮らしていらっしゃいます。
次の歌は、ご自身がお気に入りの1首です。

風鈴の 音色に戦死の兄しのび 今の平和一目みせたく

田邊フサさんは、居間に正座し、膝に両手を穏やかに乗せて静かに微笑んで写っています。

 


水落孫一郎(みずおちまごいちろう)さん。先の大戦では、終戦後の抑留を含め5年間ビルマ(現ミャンマー)で御苦労されました。
復員してからは、合併前の堀之内町で議員や教育委員を務め、98歳まで現役で農業をやっていらしゃいました。

みずおちまごいちろうさんは2年前脳梗塞になる前まで現役で農業をやっていらっしゃいました。


「今が一番幸せです」と笑顔でお話しする須佐操(すさみさお)さん。11年前に娘さん夫婦と同居を始めました。好きな食べ物は?とお尋ねすると、「魚が好きです」とのこと。食事で困ることはなく、何でも食べられるそうです。また、針通し含めて「自分の繕い物は自分でやります」と、その他生活全般のことを御自分でなさっています。

いすに座って、少し右に頭をかしげて笑顔で写るすさみさおさん。


「知っているムラの人も戦友も、皆亡くなった」とおっしゃる佐藤千嘉平(さとうちかへい)さんは、「千仙(ちせん)」という雅号で俳句や短歌を作り、投句が地元紙の文芸欄で選ばれる御常連です。
次の句は、今年のお盆に、数年前まで暮らしていた集落へお墓参りに行った時のことを詠んだもので、地元紙に掲載されました。

 浦島の如く墓参を済ませけり

 

さとうちかへいさんは、青いシャツを着て、写っていらっしゃいます。窓越しに差す日は左側から笑顔を照らしています。


施設でお暮しになっているお二人を紹介します。
左は佐野マサ(さのまさ)さん、右は五十嵐トミ(いからしとみ)さんです。
この日は特別に、感染予防を徹底した上で、御家族と一緒にお祝いされました。

お二人とも車椅子に乗って、御家族とともに写真に写っています。佐野まささんは紫の服に黒のジャケット、五十嵐トミさんは和服姿です。


穂苅剛(ほかりつよし)さん。これまでのお仕事を尋ねると、「色々やったが、まずは兵隊ですね」と、思い出を語っていただきました。
派遣されたのはジャワ(現在のインドネシア)。戦況が厳しい地域ではなかったけれど、補給物資が全く来ず、作物を自分たちで耕作する毎日だったそうです。
「特に苦労したとは思わないが、敵の飛行機が来るのには困った」とおっしゃいます。近隣地域に派遣されたお兄さんは戦死なさいました。

ほかりつよしさんは、グレーの厚手のジャケットを着て微笑んでいらっしゃいます。

 

みなさま、これからもお健やかにお暮しください。

関連リンク

【高齢福祉保健課】敬老の日に当たり、今年度100歳になられる方(1,196人)に敬老記念品等を贈呈します

【厚生労働省】百歳の高齢者へのお祝い状及び記念品の贈呈について<外部リンク>

9月15日は「老人の日」、今年の「敬老の日」は9月20日です

 兵庫県多可郡野間谷村(現在の多可町八千代区)では、「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、従来から敬老会を開いてきました。これが昭和25年からは兵庫県全体で行われるようになり、のちに全国に広がりました。
 その後、「としより」という表現は良くないということで昭和39年に「老人の日」と改称されました。翌年に野間谷村から政府への繰り返しの働きかけもあり、国民の祝日「敬老の日」に制定されました。

 老人福祉法では、毎年9月15日を「老人の日」、同日から同月21日までの一週間を「老人週間」と定めています。国民の間に広く高齢者の福祉についての関心と理解を深めるとともに、高齢者に対し自らの生活の向上に努める意欲を促すために設けられています。

 一方、「敬老の日」とは、老人を敬って長寿・健康を願う国民の祝日です。平成15年からは移動祝日になり、9月の第3月曜に設定されます。今年は9月20日が「敬老の日」です。
 感謝の気持ちを込めて、各家庭や地域でお祝いや行事等が行われています。

【全国老人クラブ連合会】老人の日・老人週間<外部リンク>

こころ豊かに老年期を過ごすために大切なこと

 人は誰でもいずれ「老い」を迎えます。
 健康に生活するためには、身体を動かすだけではなく、こころを豊かにするために自分なりの工夫が必要です。
 例えば次のようなことを意識して、「老い」を楽しく過ごせるようにしてみませんか。

  1. 「老い」を迎える思考方法を準備する
  2. 日常生活で身体とこころの健康を意識する
  3. 社会とつながる

 詳細は、以下の当部記事「メンタルヘルスシリーズ第7回」をご覧ください。

【当部】メンタルヘルスシリーズ第7回「こころ豊かに老年期を過ごしましょう」

このページはリンク自由です

 

<外部リンク> 県公式SNS一覧へ