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週刊にいがたみーっけ in Tokyo (新潟県東京事務所)

2016年12月05日
にいがたみーっけ

 日ごろ東京事務所の職員が東京で発見した新潟のさまざまな情報を皆さんにお届けしています。        
 東京の街角で見つけた新潟のあんなこと、こんなことをお伝えしながら一人でも多く新潟のファンを増やしていきたいと思いますので、よろしくお願いします。


※これまで掲載した「にいがたみーっけ in Tokyo」の記事(タイトル)・場所を確認できます。
 なお、記事のバックナンバーは、ページ下部から御覧いただけます。

※記事の内容は、掲載時点の情報を基に記述しています。おでかけの際は現在の状況をご確認ください。

写実絵画の殿堂 No.464(2016.12.5)

 先日、東京にも冬将軍が舞い降り不安定な日もありましたが、晴れの一日、都会の喧噪を離れ京葉線と外房線を乗り継ぎ、知る人ぞ知るホキ美術館(千葉市)に足を運びました。ここは日本初の写実絵画専門美術館であり、ここで作品を展示されることが若手写実作家の目標になりつつあります。写実絵画は一見すると写真と見間違えますが、一枚一枚に作家の想いが表現されており、筆致の細やかさに驚くだけでなく絵画全体から醸し出される雰囲気やメッセージを読み取ることで心が和みます。
 現在、若手の登龍門となっている「ホキ美術館大賞展」が開催されており、入選作が展示されています。入選者の中には都内の画廊で毎年個展を行っている人もいて、若手作家の一年一年の上達には目を見張るものがあります。また、常設ギャラリーには日本を代表する作家の作品が展示されています。風景画、人物画、静物画のどれもが心を打つ絵画であり作家の熱意と息吹が感じられます。また、所蔵作品の中に、今年の白日会展で特別賞を受賞した新潟出身の冨所龍人氏の作品があり、さらに、敷地内では東京藝大の学長を務められた宮田亮平氏作「シュプリンゲン」のイルカ達が輝きながら躍動している様子が鑑賞できます。毎回、帰路に着くとき気分が晴れやかになったことを実感し、後ろ髪が引かれる思いで館を後にします。

銭湯文化と新潟 No.463(2016.11.28)

 東京都内にはランステと呼ばれるランニング拠点が数多くありますが、筆者は銭湯を利用しランニングを楽しんでいます。 
 都内には600もの銭湯がありますが、実はその経営者の出身・ルーツは北陸3県が大多数で、新潟が最も多いと言われています。その中で笠原五夫氏(故人)は戦後の銭湯経営に涙ぐましい足跡を残されました。同氏は新潟市西蒲区(旧巻町)出身で、昭和27年に上京し業界に入職後、長い苦労の末に独立し昭和48年新宿区「松の湯」の経営者となりました。また、新潟の出身者でつくる新潟県浴友会の会長となり、助け合いの心で同郷の経営者を牽引されました。このほど11月26日(いい風呂)に遺作となる画文集『絵でみるニッポン銭湯文化』が発刊されました。江戸時代から現代までの銭湯の変遷や裏話がユーモラスに表現された画文集です。氏は時代が変化しても銭湯経営の基本であるお客様を大事にする「おもてなしの心」を忘れないで欲しいとの思いで描き綴ったそうです。
 銭湯は映画「テルマエ・ロマエ」で大きな関心が持たれ、更に2020東京オリンピックに向けて外国人にも人気が高まっています。おもてなしで溢れる銭湯で疲れを癒やすちょっとした贅沢を楽しんでみてはいかがでしょうか。

牛腸茂雄という写真家 No.462(2016.11.24)

 東京ミッドタウン・ウェストのフジフイルムスクエアで「GOCHO SHIGEO 牛腸茂雄という写真家がいた。1946-1983」という企画写真展が開催されています。
 牛腸茂雄氏は1946年の加茂市生まれで、36歳の若さでこの世を去った写真家です。3歳で胸椎カリエスを患い、長期間下半身をギブスで固定していたため成長が止まり、生涯身体的なハンディと共に生きていくことになりました。一方、20歳まで生きられるかという健康状態の中、日本初のデザイン学校である桑沢デザイン研究所に学び日本写真協会賞新人賞を受賞するとともに、氏の写真は「初めて世界を見たような初々しさと洞察力が共存している」等の評価を受けているそうです。
 写真には全く疎い筆者ですが、そのハンディゆえからか、確かに子ども目線の高さの淡々とした作品の奥から、牛腸氏の眼差しを感じる写真がとても多いことがわかります。本企画展は今年12月28日まで開催しています。この機会に本県出身写真家の作品に触れてみてはいかがでしょうか。

駒澤大学の講堂を飾っていた県人制作のレリーフ No.461(2016.11.21)

 新潟県彫塑家連盟を結成した彫塑家・桝澤清(現在の三条市出身)が制作したレリーフ「釈尊生涯」が、駒澤大学禅文化歴史博物館に展示されています。かつては同大学旧本館講堂の壁にあったもので、釈迦の生涯を「降誕」「成道」「説法」「涅槃」の4つの場面で構成しています。 この博物館は東京都選定歴史的建造物「耕雲館」(同大学旧図書館)を保存・活用したもので、禅をテーマとする珍しい博物館なのだとか。普段見ることはできませんが、桝澤清作品としては他にも良寛像も所蔵されています。
 館内をよく見ていくと、「禅僧列伝」コーナーでは良寛、「禅の文化と歴史」コーナーでは上杉謙信と、新潟県ゆかりの人物も見つけることができました。    

武州金沢の偉人・大橋新太郎 No.460(2016.11.14)

 №270で紹介した出版王・大橋佐平の息子である大橋新太郎は、父が創業した博文館を継ぎ、近代文化の発展に貢献するとともに、財界の重鎮として活躍しました。現在の横浜市金沢区に別荘を構えた新太郎は、神奈川県による金沢文庫復興計画に賛同し、建設費の半分を寄附したり、称名寺復興のため、境内の金沢山の頂上に八角堂を建て、百観音巡拝の石仏を寄進するなど地域振興に尽くしました。
 現在でも偉人として功績を讃えられており、平成25年に生誕150周年を迎えた際には、新太郎の別荘跡地に、有志の寄附により記念碑が、金沢区役所により説明看板が建立されたそうです。
 また、新太郎は出身地である長岡市の悠久山公園にも蛇橋(玉橋)を寄進しています。悠久山公園は、大正6年の長岡開府300年記念に公園化が決定し、同8年に経済界で活躍し、還暦を過ぎた有志が結成した令終会の手で完成した歴史の深い公園です。
 悠久山公園を散策して、四季折々の自然を楽しみつつ、地域の振興に尽くした先人達に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

歴史の舞台となった権力者の邸宅が残る目白台 No.459(2016.11.7)

 爽やかな秋の晴天に誘われて、文京区にある目白台運動公園に行ってきました。区立として最大の面積を誇る公園には、約1万㎡の芝生の多目的広場やテニスコートなどがあり、家族連れやスポーツをする人たちでにぎわっていました。
 この公園の一部は、№456で紹介しましたが新潟県出身で今太閤(いまたいこう)と呼ばれた田中角栄元首相の邸宅(かつて「目白御殿」と呼ばれた)の敷地でした。神田川の北側に広がる台地になっているこの地域は、南向きの日当たりの良い丘斜面で、江戸時代には大名屋敷や武家屋敷、寺社仏閣が建ち並び、その後も山縣有朋(第3代、9代首相)の邸宅(現在は「椿山荘」)や鳩山一郎(第52代~54代首相)の邸宅(現在は「鳩山会館」)などがあり、かつての権力者の政治の舞台となった建物が残る歴史的な地域と言えます。現在は日本女子大学やお茶の水女子大学、筑波大学附属中学・高校などがある閑静な文教地区となっています。

週刊にいがたみーっけ & にいがたみーっけ in Tokyo バックナンバー

 ※第1号から第300号までの過去情報は「▶▶これまで掲載した記事(タイトル、バックナンバー)一覧」をご覧ください。