このページの先頭です メニューをとばして、このページの本文へ
新潟県ホーム の中の農林水産業の中の『新発田地域における新田開発のあゆみ(排水編)』を紹介します
本文はここから

『新発田地域における新田開発のあゆみ(排水編)』を紹介します

2016年02月01日
 新発田地域(胎内市、新発田市、阿賀野市、聖籠町、新潟市北区)は、県の耕地面積の約15.9%、約27,500㌶を有する穀倉地帯で、お米や野菜、果物などいろいろなものが生産されています。
 しかし、江戸時代初期のこの地域は、今と全く違う姿をしていました。大小の湖沼(潟)がいたるところにあり、大雨や雪解けの頃になると溢れ出して海のような状態になりました。川も氾濫すると、そのたびに流れる場所を変え、とても水はけの悪い低湿地帯でした。
 せっかく植えた稲も水に浸り、腐ったり流されたりするなど、私たちの祖先はむかしからこの地で「水との闘い」を繰り返しながら、「米づくり」を行ってきました。
 人々は暮らしを高めるために、川や排水路を掘って水害を減らしたり、潟を干拓して新田を開発したり、また田んぼに水を供給するための用水路を開削したりするなど、江戸時代から現代までこの地域で盛んに開発が行われました。

地域紹介(排水編)

正保越後国絵図のイメージ
大正4年頃に今の豊栄土地改良区の場所にあった新井郷排水機

正保越後国絵図(新発田市立図書館所蔵 県指定文化財)

今の豊栄土地改良区の場所にあった新井郷排水機(T4)

昭和28年頃の舟による土砂運搬作業の様子
昭和24年頃の国営事業による長浦岡方本溝改修の写真

舟による土砂運搬(S28頃)

国営事業による長浦岡方本溝改修(S24)

主な参考文献

ふるさとの百年<豊栄・北蒲原①>(新潟日報事業社)、加治川農業水利事業誌(北陸農政局加治川農業水利事業所)、「蒲原」の意味を知っていますか(新潟県新発田地域振興局)、阿賀野川史(建設省北陸地方建設局阿賀野川工事事務所)、胎内川の恵み(胎内川沿岸土地改良区)、阿賀野川右岸(北陸農政局阿賀野川右岸農業水利事業所)、新潟県土地改良沿革誌(新潟県農地部)、私たちの豊栄市(豊栄市教育委員会)、わたしたちの郷土胎内市(胎内市教育委員会)、わたしたちの町紫雲寺(紫雲寺町教育委員会)、聖籠町のすがた(聖籠町教育委員会)、わたしたちの加治川村(加治川村教育委員会)、創立50年のあゆみ(新発田土地改良区)、阿賀野川右岸地区における氾濫許容型治水に関する研究(田辺敏夫、大熊孝、中川武雄)、わたしたちの阿賀野市(阿賀野市教育委員会)、加治川(北陸農政局)、新発田川放水路パンフレット(新潟県新発田地域振興局地域整備部)、福島潟放水路パンフレット(新潟県新発田地域振興局地域整備部)、ガイドブック北区お宝ものがたり(新潟市北区役所)、新潟市を水から守る北区編(新潟県新潟地域振興局企画振興部)、しばた・ひと往来 ~新発田ゆかりの人物~(新発田市ホームページ)

協力機関

胎内市、新発田市、阿賀野市、聖籠町、新潟市、胎内市教育委員会、新発田市教育委員会、阿賀野市教育委員会、聖籠町教育委員会、新発田市立図書館、国土交通省北陸地方整備局阿賀野川工事事務所、北陸農政局信濃川水系土地改良調査管理事務所、北陸農政局加治川二期農業水利事業所、新潟県新発田地域振興局地域整備部、阿賀野川土地改良区、胎内川沿岸土地改良区、豊浦郷土地改良区、加治郷土地改良区、川東土地改良区、豊栄土地改良区、木崎濁川土地改良区、新発田土地改良区、紫雲寺土地改良区、聖籠土地改良区、佐々木土地改良区、葛塚土地改良区、五十公野土地改良区、笹岡土地改良区、米倉土地改良区、築地土地改良区、阿賀用水右岸土地改良区連合、加治川沿岸土地改良区連合