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【新潟】140年前(明治11年7月12日)に通船川(当時は新川)を旅したイザベラバードの足跡を紹介します

2018年06月06日

 明治11年7月12日、英国人旅行作家のイザベラバードが、通船川(当時は新川)を通って、中条・胎内方面に旅行しました。彼女の著書であるアンビートン・トラックス・イン・ジャパン(日本未踏の地)を紹介します。

 イザベラバードが日本を紹介した著書は、大変好評だったようで、英国で出版された後にアメリカでも出版され、その後、写真のように、おしゃれな装丁でも出版されました。

 イザベラバードの著書は、路地連新潟代表の野内隆裕さんからお借りして撮影しました。

(イザベラバードは、7月3日に津川に入り、翌日4日に津川の川湊から阿賀野川を船で下りました。)



 その船では、日焼けした船乗りと一緒に、ずっと自然を眺めることができ・・・
・・・私はその日の全ての時間を楽しむことができました。流れを静かに進む様子は贅沢で、空気はさわやか、何も聞こえず、津川の美しさは魅力的な驚きで私に迫り、私にとっては、全ての行程が家族への手紙を楽しみにしてくれました。



・・・ではないキュイリン山(故郷スコットランド(スカイ島)の景勝地)、廃墟なきライン川(下線部分)、そのいずれにもまして美しい。

 イザベラバードは、新潟町に一週間ほど滞在した後の7月12日に、通船川(当時は新川)を船で通って、中条・胎内、山形、そして旅の目的地である平取のアイヌ集落を目指し、故郷のスコットランドに似た気候で暮らすアイヌの人々に出会って深い感銘を受けました。

明治23年(1890)年の地図(焼島潟の辺りに現在の山の下閘門排水機場があります)

山の下閘門排水機場から見た通船川です








私たちは信濃川を横切り、堤防で囲まれた狭い新川をさおを突き刺しながら進み・・・

最初に出版された本です

 イザベラバードは、旅の目的地である北海道から船で横浜にもどり、その後は京都や伊勢神宮なども訪ねました。

最初に出版された本です

会津街道ブックレット

 新潟地域整備部では、津川を訪れたイザベラバードを紹介している「会津街道のブックレット」を配布しています。(事務所の入口脇にあるパンフレットのラックに備えています。)

会津街道ブックレット