このページの先頭です メニューをとばして、このページの本文へ
新潟県ホーム の中の観光・イベントの中の66 和泉屋山田家跡
本文はここから

66 和泉屋山田家跡

2015年06月13日

概要・良寛とのゆかり

 和泉屋山田家は、与板(新潟県長岡市)の町年寄で、酒造業を営んでいた。良寛と親交が深かったのは、山田家九代太郎兵衛重翰。
俳諧や絵を愛した。杜皐(とこう)は号。山田杜皐は、天保15年(1844)1月16日、71歳で死去。良寛より16歳年少。蓮正寺に山田杜皐の墓がある。
 災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。という三条地震の見舞いの手紙は、山田杜皐あてのものである。
 良寛は、酒造家の山田家に度々訪れて酒を飲ませてもらっていた。山田家では夕方になると決まったように酒を無心にくる良寛を、
「ホタル」と呼んでいた。その様子が伝わる歌が残っている。
【全景写真】
和泉屋山田家跡の全景写真