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【長岡】越後長岡百景の「19 蒲原平野と守門岳(中之島)」を紹介します

印刷 文字を大きくして印刷 ページ番号:0053533 更新日:2019年3月29日更新

 「越後長岡百景」とは、長岡圏域にある様々な「風景」と、そこに秘められた「人々の想い」を集めたものです。
 その百景のひとつに選ばれた「19 蒲原平野と守門岳(中之島)」について紹介します。

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「想い」のタイトル

 天高く、白くかがやく守門岳

公募でよせられた想い・情景(越後長岡百景)

公募でよせられた想い・情景(越後長岡百景)の画像

 平成16年12月、妻の実家へ向かう途中、中之島の中条新田あたりで、とうに稲刈も終わった田んぼのむこうに、ひときわ高く、白く輝く山が見えました。それが守門岳です。守門岳は、長岡圏域のあちこちから眺めることができます。毎年5月頃まで、山頂をおおう雪が白く輝く雄大な山です。
(長岡市在住 60代 男性)
※ 内容は平成16年の応募当時のものです。

百景の想いや場所にまつわる短歌(越後長岡百歌)

 雨晴れて刈田の向かうにそそり立つ守門岳の白く輝く
 みどり濃き山の奥処の守門岳六月なれどまだ雪のこす
 ※ 内容は平成17年の応募当時のものです。

関連情報

蒲原平野(越後平野)
 蒲原平野は、「越後平野」とも呼ばれる北陸地方で最大の平野です。面積は約2000平方キロメートルと、東京都の面積ほどの広さがあります。もともとは、信濃川などから流れてきた土砂が長い年月をかけて堆積してできたため、水はけが悪く、水田は泥沼のような湿田でした。さらに、周辺の川では、しばしば洪水が発生するなど、そこに暮らす人々の生活は大変なものでした。しかし、中之島出身の衆議院議員・大竹貫一(1860~1944)ら、地域の人々の努力で大規模な治水事業が進められ、1922年(大正11年)に「大河津分水路」が完成するなどして、蒲原平野は現在の米どころに成長していきました。今日の蒲原平野(越後平野)がもたらす豊かな恵みは、自然の力だけによるものではなく、人々の努力によって作り出されたものなのです。

関係機関リンク先

大竹邸記念館(長岡市のホームページへリンクします)<外部リンク>

越後長岡百景位置図

周辺地図の画像
周辺地図

越後長岡百景位置図(全体地図)[PDFファイル/724KB]


大切な思い出の場所、ありますか?-目をつぶれば、心に浮かぶワンシーン「越後長岡百景」

 越後長岡百景は、地域の人々に、その地域の自然や文化、歴史、伝統といったものを題材に、景色・シーンを応募頂き、これにあわせて、「そのシーンに対するタイトルとそこに含まれる想いや情景」、「シーンにまつわる短歌」もお寄せ頂き、それを発信していくことで、地元地域への誇りや愛着心を持って頂くことを目的に、平成15年度から平成17年度に実施した事業です。
 このページ中の「「想い」のタイトル」欄、「公募でよせられた想い・情景(越後長岡百景)」欄、「百景の想いや場所にまつわる短歌(越後長岡百歌)」欄は、応募下さった方の「この景色・シーンに込められた想い」を、応募頂いた当時の内容そのままでご紹介しています。
 少しずつ変わっていくふるさとのまちなみ。時の流れとともに、見ることのできなくなる百景のシーンもあるかもしれませんが、この場所やこのワンシーンに込められた人々の想いに、心を寄せてみてください。

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