長岡市の中心市街東部に広がる悠久山。「お山」、「蒼柴の森」などと呼ばれ、四季を通じて多くの人に親しまれているこの山には、ふるさとの歴史がたくさんつまっています。
悠久山と牧野家
悠久山は、長岡藩の三代藩主牧野忠辰(まきのただとき)が佐渡の杉や松などを植樹して庭園としたところから始まったと言われています。
牧野忠辰は、長岡藩の三名君の一人と呼ばれ、四十八年という長きにわたって藩主をつとめました。彼は藩内の商工業の発展や新田開発といった民政に力を尽くす一方、質素倹約をもととした質実剛健の気風を広めました。
彼の性格は「十分盃」という逸話によく表れています。十分盃とは、忠辰が22歳の時に作らせた杯で、八分目までにとどめておけばこぼれないが、それ以上注ぐと隙間を通って中のものが全部漏れてしまうという仕組みになっています。これには、「高い地位を得て裕福になったからといって贅沢や思い上がりが過ぎれば、次は必ず衰え全てを失う」という意味が込められているといわれています。
「悠久山」という名前を初めてつけたのは、九代藩主牧野忠精(ただきよ)だと言われています。
彼は、それまで長岡城の中にあった蒼柴神社を現在の場所へ移し、人の道を説いた中国の書物『中庸』の一節をとって、その地を「悠久山」と名付けました。
蒼柴神社の祭神は、三代目藩主牧野忠辰と事代主神(ことしろぬしのみこと)です。
古事記によれば、事代主神は、日本を治めていた大国主神(おおくにぬしのみこと)の長男であり、国譲りの際に天照大神へ恭順し、蒼柴垣(あおふしがき)にこもったといいます。
牧野忠辰は、事代主神を崇敬していたため、没後この蒼柴垣から名を取って「蒼柴霊神」(あおふしれいじん)という神号を与えられました。
以降、蒼柴神社には代々の牧野藩主がまつられています。
現在でも、戊辰戦争や第二次世界大戦の戦火をくぐり抜け、蒼柴神社は牧野家にまつわる多くの文化財を今に伝えています。
戊辰戦争
悠久山には、戊辰戦争に関連した人々の碑や墓が数多くあります。
河井継之助(かわいつぎのすけ)は、長岡藩の軍事総督として北越戊辰戦争を指揮した人物です。継之助は一度落城した長岡城を奪還するなどの功績を挙げながらも、戦いの中で傷つき42歳の生涯を閉じました。その人生は、作家、司馬遼太郎氏の『峠』などにより、広く知られるようになりました。
継之助にかわって長岡軍をまとめたのが、山本帯刀(たてわき)です。彼は新政府軍の追撃を防ぎながら戦いを立て直そうとしましたが、会津若松の飯寺で捕らえられてしまいます。新政府軍からの降伏勧告を堅く断った彼は、若くして飯寺の露と消えました。
米百俵 ―小林虎三郎―
戊辰戦争の後、戦場となった長岡の町は焼け野原となりました。人々は戦いに敗れて疲弊し、食糧不足や洪水、病の流行などに苦しめられました。
そんな折、三根山藩から見舞いとして百俵の米が届けられることとなり、長岡藩の藩士たちはみな米の分配を心待ちにしました。しかし、当時藩の大参事であった小林虎三郎は百俵の米全てを教育の資金に回し、一粒の米すら分け与えませんでした。
抗議して詰め寄った藩士たちに対し、虎三郎は、「百俵の米も、食えばたちまちなくなるが、教育にあてれば明日の一万、百万俵となる」として、人材を育てることの大切さを説いたといわれています。
まもなく、米百俵の売却金によって国漢学校ができ、ヨーロッパの学問や医学が教えられるようになりました。
悠久山にたたずむ小林虎三郎の碑
長岡のために
悠久山が現在のような公園の形に整備され始めたのは、大正時代です。
地元の有志によって作られた『令終会』という組織が今の悠久山公園の基礎を作り上げました。令終会とは、「終わりを全うする会」という意味です。大正5年、宝田石油の前社長・山田洋七らが「60歳以上の人だけで集まり、長岡の将来のために仕事を残そう」として老後の事業を始めたことがきっかけだと言われています。
令終会の熱意によって作り上げられた悠久山公園は、その後長岡市に寄付され、市民による市民のための公園となりました。
現在の悠久山
現在、悠久山公園は、四季を通して市民の憩いの場となっています。
春の桜やツツジ、夏の菖蒲、秋の紅葉、冬の雪景色といった自然を楽しめるのはもちろんのこと、悠久山野球場やプール、小動物園といった、子供から大人までが楽しめる施設も充実しています。
これから夏にかけては、菖蒲園の約80種、1300株の花菖蒲が見頃となります。
例年6~7月に見頃を迎える花菖蒲。取材に訪れた6月初旬は、まだ花の準備の真っ最中でした。
レポーターから
悠久山は春の桜で有名ですが、それだけではなく、蒼柴神社の参道を歩くと小林虎三郎の碑、泉翠池のほとりの散策路には令終会の碑…といったように、牧野家や北越戊辰戦争にまつわる歴史を感じさせるものが数多くあります。
レポーター自身も、今回取材に訪れてみて改めてそのことを実感しました。悠久山で、鳥の声に耳を澄まし、土を踏みしめ、緑のにおいを吸い込み、自然を味わう…。そして森の奥や池のほとりに目を向ければ、深緑の中にひっそりと眠る歴史の息吹を感じることができます。
皆さんも、悠久山を訪ね、ふるさとの歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
(県税部 渡辺)