長岡市和島地域の「はちすば通り」は貞心尼の歌集「蓮の露(はちすのつゆ)」にちなんで名前がつけられました。
この通りは良寛が晩年を過ごした「木村家」から「良寛の里美術館」までの約1キロの通りです。
この通りには、良寛の墓がある隆泉寺(りゅうせんじ)など良寛ゆかりの史跡が多くあり、住民の方々は「和島島崎地区まちづくり協議会」を平成19年に立上げ、これらの史跡を活かした街並み整備に取り組んでいます。
今回はこの通りの史跡と街並み整備の取り組みについて紹介します。
【写真提供:長岡市】はちすば通り
「はちすば通り」の史跡
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「木村家」は良寛が最後に過ごした住処で、74歳の生涯を閉じるまでの約5年あまり貞心尼らと交流を深めながら晩年を過ごしました。 「木村家」は中越地震、中越沖地震により大きな被害を受けました。 今後、修復を予定しています。
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【写真提供:長岡市】木村家
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「隆泉寺」は木村家の菩提寺で、境内には良寛の墓、その弟・由之(ゆうし)の墓、木村家の墓が並んで建っています。
隆泉寺(りゅうせんじ)本堂
良寛墓地
「宇奈具志神社」の祭神は太田命で猿田彦大神の後裔と伝えられ、創建は不詳ですが、古くから産土神として信仰されてきました。
8月16日には六夜待祭で夜御神輿の巡行があり、子供を中心にした弓踊り行列が行われます。
まちづくりに向けて
地域の皆さんによる活動
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「和島島崎地区まちづくり協議会」では平成19年からワークショップの開催、機関誌「はちすば通信」の発行などの活動を通して、どのような街づくりをしていくか協議を重ねています。
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【写真提供:長岡市】協議会の活動
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はちすば通りでは、良寛史跡をめぐるボランティアガイドが活動しています。 どこかに常駐しているというわけではないのですが、団体の観光客が訪れた際などに、はちすば通り界隈に点在している良寛ゆかりの地を案内しています。 地元の人ならではのエピソードを聞くことができるかもしれません。 なお、まだまだガイドは募集中であり、さらに充実した活動を目指して皆で検討を進めています。
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【写真提供:長岡市】ボランティアガイド
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毎年6月6日には良寛墓前法要が行われ、全国の良寛ファンがこの地を訪れます。
このため、お客様がいらっしゃる前には地元住民による良寛史跡清掃活動、当日6日の夜には良寛朗読ライブというイベントが行われることもあり、竹灯籠の幻想的で美しい灯りと出店によるおもてなし活動を行っています。
平成20年度から、はちすば通り沿いに蓮の花を飾る活動を始めました。
夏には見事な花を咲かせ、訪れる人を楽しませています。
蓮の花
【写真提供:長岡市】蓮の花
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中越大震災・中越沖地震により被害を受けた良寛史跡を復興するため、和島良寛会・和島島崎地区まちづくり協議会が「良寛史跡の復興を支援する会」を立ち上げ、イベント会場等で募金活動を行っています。
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【写真提供:長岡市】良寛史跡の復興を支援する会による募金活動
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整備後の街並み
この地区の住民の皆さんと長岡市とが一体となり、現在の史跡を活かしながら街並みの環境整備に取り組んでいます。
これは、かつて良寛が暮らしていた頃の街並みの雰囲気を伝え、また、島崎地区らしい美しい街並みを守り育てるよう、建物や舗装、植栽などの景観整備を進めているものです。
街並み整備は、平成31年3月頃に完成予定とのことです。
将来のイメージの一部をイラストで紹介します。
レポーターから
この通りは「はちすば通り」と趣のある名前の通りです。名前のとおり良寛ゆかりの史跡が多くあり、これからの街並みの環境整備でより魅力ある通りになると感じました。(地域整備部 武田)
この地を始めて訪れてみましたが、なんとも趣のある静かな場所でした。近くに道の駅もありますので、一度、散策してみてはいかがでしょうか。良寛さんのやさしい気持ちに出会えるかもしれませんね。また、足を運んでみたいそんな場所でした。(農林振興部 大藤)