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新潟県ホーム の中の交通・運輸の中の「上杉戦国観光プラン」モニターツアー旅行記(千葉県・青野さん)

 「上杉戦国観光プラン」モニターツアー旅行記(千葉県・青野さん)

2009年12月03日
ここ数年間は夫婦で気ままな旅行を楽しんでおりましたが、最近の1年半余は妻の病気発症・入院・手術・その後の療養生活が続き、夫婦旅行は一時お預け状態でありました。気分転換も兼ねながらの旅行を誘ってもなかなか腰を上げず、この間に生まれた外孫の来訪を楽しみにしていました所、たまたまと当地の地方紙である千葉日報に今回の募集があることを知り、ダメモトを承知で募集しました所、運良くお声が掛り渋る妻を説得し久しぶりの旅行に出かけることと相成りました。結果、妻は初日の春日山城跡の急峻な中世特有の山城跡を登ることができ、肉体的な自信も回復するとともに旅の魅力も思い出すことが出来、発病までは毎年出かけていた秋の京都の紅葉めぐりもおかげさまで行く気になりました。このような機会を頂き誠に有難う御座います。
旅行へ行くことが決定後、新聞に高田のとある旧家から珍しい「洛中洛外図屏風」が発見され、高田城跡の博物館で見学が出来る事を知り、せっかく上越市へ行くのだから是非そこにも行ってみたいと思い、インターネットで調べては見たものの、集合日の前日までに上越市あるいは新潟市等周辺の宿舎に泊まらなければならない事が判り、前日の夜は接待があり涙をのんで断念した次第です。


9月25日(金曜日)

1日目
 直江津駅に早目に到着したので駅舎から周辺を見回してみるとお寺と思われる建物がありましたので訪ねてみますと、上杉家ゆかりのお寺であり今回のテーマに含まれる御舘の乱の際、焼失しその後再建されたものの、上杉家が会津へ移封されたのにともないこのお寺も会津に移ったとの事。かつては大きな伽藍が数多く有った由、歴史の移ろい・無常を感じさせる旧跡でした。
さて全員集合。
第一の訪問地 御舘跡
 え!これ何。どこにでもある分譲地の中にある公園じゃないの。良く説明を聞くとこの一帯は御舘があったところだということだったが宅地造成は続行されたとのこと。区画整理事業を始めるにあたり当時の関係者はこの地域に歴史的な文化遺産があるとはお判りにならなかったのか大変残念!観光資源の1つを失いましたね。
第二の訪問地 越後上越「天地人博」
 これは何? NHKの大河ドラマにあやかった施設のようだが
 小生個人にとっては隣に展示されていた本来の展示物の直江津祭りの「山車」の方が山車の一部が舟の舳先を模しており、直江津が港として繁栄していたことを偲ばせておりこの方が興味をそそられました。(主催者さん御免なさい)
 第一・第二と小生にとり期待はずれに終わり、先行き暗雲が垂れ込み始めた所で昼食。

昼食「松風園」での「かちどき飯」
 直江津の有志の皆さんによる兼信公時代の戦を前にしてのご馳走はかくあったであろうという、当時を想像した料理とのこと。直江津の関係者の皆さんご苦労さまでした。なかなかの美味で日本酒をグビグビ飲みたくなるところではありましたが、先日の夜に4号ビンを転がしてきたばかりであり、本日の夜も美味しい越後のお酒が待っていることを考え、ここはぐっと我慢し創り手の苦労を偲び美味しく頂きました。このようにご当地だけの創作料理が頂けるなんて何という幸せ。
お腹を満足させ、気分を一心させた
第三の訪問地 林泉寺
 兼信公ゆかりのお寺
 山門は何と風情のある茅吹の屋根。そして山門までのアプローチは京都のお寺かと見紛う程の風情を醸し出す苔が誠にすばらしいお寺でした。これで楓の木が相当数植栽されていれば、さぞや紅葉の時季は素晴らしい風景を見せるのではと大変感心いたしました。この観光資源を生かさない点はないと思いますが如何?
第4の訪問地  春日山城跡
 さすが越後の国・いや日本を代表する戦国大名の山城跡。
小生の郷土に鎌倉幕府の初代将軍源頼朝の挙兵を助け、源頼朝をして「わが父」と言わしめ、千葉県の他にも勢力をもった千葉氏の滅亡直前の居城跡と比べるとそのスケールの大きさと、鉄壁の防御で造られた跡形を名調子のガイドさんの説明を受けながら、急峻な山登りも苦にもせず登ると、頂上から観る頸城平野が眼下に見下ろせ、雄大な気持ちになりました。登る途中には矢を作る際に必要な節の部分が太くない「矢竹」や紫の色が鮮やかな「トリカブト」が自生しており、いざ戦が始まり籠城という際には武器に転用できる植物が植えてあるとは流石心構えが違います。又頂上の直ぐ手前には大きな露天堀の井戸があり、そこは常時水が湧き出ており、往時は相当な深さがあったようですが、何故山の頂き近くにこのように水が湧き出るのか?火山のカルデラ湖ではないのに。ガイドさんのお話によると近くの山とサイホンの原理により水脈が繋がっているのではとの説もある由。なんとも不思議。それとともにこの自然現象を誰がどのようにして発見したのか不思議です。ガイドさん大変ご苦労様でした。ガイドさんの説明抜きではこの城跡の面白はたぶん判らなかったと思います。あー初日は良い思い出が出来た。
最後は今夜のお宿 鵜の浜温泉 ロイヤルホテル 小林
 新潟県には千葉県と違い数多くの温泉があることは承知していましたが、鵜の浜温泉は小生今般初めて知った温泉でした。海岸線に在る温泉なのでやはり塩化物系の温泉でした。丁度明日から新潟国体が始まることから、お風呂や食事時に大会関係者や選手諸君と逢いました。お風呂での一期一会皆さん頑張って下さいと声をお掛けし小生は期待の夕食へ。宿の気配りで天ぷら・お刺身が食事開始後出され、温い・新鮮な料理が食べられました。殊に珍しかったのは、イチヂクの天ぷらでした。イチヂク特有の甘味が天ぷらの衣に包まれていました。この料理を考えた人のチャレンジ精神に感心。因みに千葉県でイチヂクを生産し、皇室に献上する地域の人の説では昔はこのイチヂクを良く女郎に食べさせていた由。理由は彼女達が罹り易い病気に良いと信じられていたとの事。皆さん信じられますか?小生が単純に担がれただけか?

9月26日(土曜日)

2日目
 直江津港から佐渡汽船自慢のカーフェリーに乗っていざ佐渡へ
 幸い海は凪いでおり船に酔い易い小生にとり快適な舟旅でした。2時間40分間の船旅でしたが佐渡汽船の気配りで「佐渡おけさ」の踊りの講習会が開かれ、初めて佐渡を訪ねる人にとって否が応でも佐渡モードは高まるばかり。
最初は地元でも知る人ぞ知る「花の木」
 古民家を改造した建物.建物はさほど大きくはないが冬の豪雪に耐えられるように造られているのか千葉ではなかなか見られない太い松・欅を使用した材料は見事。太い松の梁を見ながらの手の混んだ料理を食べるとまたお酒が欲しくなりますが、夕食までしばしお預けとしました。
第一の訪問地 羽茂城跡見学 車窓からの山城跡の見学であり、春日山城跡とは違い実査出来ず残念。
 島にはいくつもの城跡があるがその城主のルーツが、鎌倉時代に発生した承久の乱の後、戦に敗れた乱の首謀者の一人崇徳上皇が佐渡に配流された際に配置された10名の地頭との事。勉強しちゃたな。

第二の訪問地 真野 妙宣寺
 元々中世の城跡を境内地としたため、空堀等の遺構が残っており面白いロケーション。分厚い茅葺き屋根の大きな庫裏。この大きな建物を支える地元の赤松の大黒柱が一辺2尺以上とは驚きました。通常民家で使用される大黒柱は普通1尺であることを考えればその大きさがお判り頂けるのでは?この太さだから大きくかつ高い大屋根を支えることが出来るのか?それにしてもこれだけの大屋根に使われる茅の量は膨大であろうと推測されますが、今の時代これだけの量が確保できるのか?(本堂の大屋根の瓦を最近葺き替えた実力をもってすれば余計な心配か?)
第三の訪問地 佐渡博物館
 通常では説明して頂けないと思われる学芸員だった人(違ったらゴメンなさい)から丁寧な説明を受け、学識が少しは身についた気分。施設の中には発掘調査により発掘させた遺物を石膏で復元している人達の作業姿を垣間見ることが出来ましたが、時間が無い為、作業している人達のお話が聞けず残念。

第四の訪問地 河原田城址見学
 現在高校の敷地となっている為、往時の面影がなく残念

本日のお宿 ホテル万長
 このホテルは佐渡金山花盛り頃地元相川で豪商となり、明治維新後は50町歩を有する佐渡一の大地主となったホテルのオーナーの先代が、戦後の農地解放後立派な自宅を生かし、旅館業を始めた由。ホテルの施設の一部に往時を偲ばせる部屋が宴会場として存在する他、美術工芸品展示室「万長美術館」が無料で拝観できます。
館内には幕末の3舟と言われる勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟や江戸時代に日本外誌を著した頼山陽等の他幕末の偉人山内容堂・河井継之助・鍋島公の筆跡が貼り付けてある屏風。が展示されている書跡コーナー。
日本画コーナーには谷文晁・浦上玉堂・渡辺崋山・田能村竹田・与謝蕪村・池大雅等の他ななんと狩野探幽・山楽のビックネームまでありましたのには驚きです。
この他陶芸コーナーには板谷波山・初代酒井田柿右衛門・大樋長左衛門・清水六兵衛
佐渡コーナーには当ホテルが開業して以来逗留した、与謝野鉄幹・晶子、柳原白蓮等の書跡がありました。
この他、高村光雲作の白檀製羅漢像彫刻があり、あのお宝探偵団に出品し、6百万円の値がついたとのこと。この話を含め展示品について事細やかに説明をして頂けた方が先代オーナーのご令室との事。ご高齢にも係らず長い時間誠に有難うございました。
お宝探偵団ファンの皆さんこの美術館は一見の価値がありますよ。佐渡や新潟を訪れた際には是非、相川の「ホテル万長」に宿泊し、「万長美術館」を観ることをお勧めいたします。

9月27日(日曜日)

3日目
第一の目的地  佐渡金山 道遊坑・宗太夫坑コース
 江戸期の人力頼りの採掘・明治期以降の機械を主体とした採掘が比較出来面白かった。
 殊に、江戸期の採掘は当時の人達の労苦が偲ばれ関心いたしました。一つの岩山の姿を採掘により真二つにまで変える程の金に対する人間の情念が当時の人達に使役を課し、これに対し当時の人はあくまで人力がベースではありますが色々な採掘工具を工夫し、労働環境が劣悪な中、苦労しながらも採掘を続けた先人に頭が下がると同時に、現代の日本人にはとても真似の出来ないことただ唯、感心するばかりでした。
第二の目的地 佐渡歴史伝説館を訪ね、そこで働いているかのジェンキンスさんとお会いしました。さすが佐渡汽船さん地元貢献の一環としてジェンキンズさんの社会復帰をお手伝いしていることが判りました。

その後両津港からジェットフォイルによる快適な1時間程の船旅で最終地新潟へ。
 最新の舟なのでスピードは速く、また船中で用意して頂いた「トキの弁当」は竹かごで出来ており、中身は地元佐渡産の食材を使用しており地産地消を地で行っており今回の旅でもないとお目にかかれない弁当でした。竹かごの弁当箱は捨てるのがもったいなく自宅まで持ち帰りました
新潟県庁の長谷川さん・佐渡汽船の藤田さん・上越市・佐渡市両市役所の職員の皆さん大変お世話になりました。
小生新潟県には学生時代に度々スキーで訪れたほか登山で何度か訪れましたが観光を目的として訪問したことは数える程しかなく、色々と行きたい所がまだ沢山ありますので「大人の休日倶楽部」等を利用しながらの気儘な旅をしたいと思っています。有難う御座いました。