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〔自宅~直江津、新潟~自宅の交通について〕
今回の旅では上越新幹線を利用する方が多かったと思いますが、 日曜日のETC割引もあるので、東京から車でJR直江津駅前に向かいました。 空いていたこともあって3時間30分で到着。駅そばのパーキングに車を停め集合場所へ。
最終日はJR新潟駅から直江津まで北越8号に乗り、再び車に乗って帰りました。 帰りは一部激しい渋滞がありましたが、帰りは5時間コースとなりました
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9月25日(金曜日)
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直江津といえば大河ドラマ「天地人」の舞台であり、現在も大注目の観光地です。 直江津駅を出発し、春日山城本丸を目指しての旅が始まります。
① 話題の大河ドラマ「天地人」を味わうならここです! → 越後上越「天地人博」
中に入ると、上杉謙信の甲冑がお出迎えしてくれます。 歴史にあまり詳しくない、大河を見ていない人も詳しい年表(あっさり書いてあり見やすい)や映像付きのドラマ・あらすじを見れば、すんなりと天地人ワールドに入っていくことができると思います。
ドラマセットでの衣装体験コーナーでは、大人だと「そこまでは…」と少し抵抗があるけど、係りの方が明るくどうですか~?と勧めてくれたのでセットにあがらせてもらい写真をパチリ! こういうのは有料なのが多いので、無料なのもよかったです。
衣装体験
キャストパネルとの写真もいい記念になります
② 謙信の死後に勃発した景勝・景虎の跡目争い「御館の乱」の戦いの場となった跡地は石碑のみ、現在は公園となっていました。何も知らない人は"何ここ?!"ということになりかねないので、天地人博などなにかゆかりのあるものを知ってから来たほうがいいと思います。
ちょうど幼稚園児も遊びに来ていて今は平和だなぁと思いました。
すぐそばの線路から春日山を見ることができ、これから向かうのが楽しみになりました。
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③ 松風園にて、謙信が出陣の際・家臣に振舞ったという「かちどき飯」を頂きました。(写真はほんの一部)
お店も明治の頃からのたたずまいということで趣があり、女将さん?がとても丁寧にご飯の内容を説明してくれたので、ただパンフレットを見て食べるだけにならずよかったです。 当時醤油がなかったので(私は醤油大好き人間なのでこれだけでも驚きです)、ずんだ酢・梅酢や松の実味噌などを使って味わったと聞きました。 するめを食べたらお酒が飲みたくなってきました。出陣の際もみんなでお酒を飲むということで、なるほどな~と感心。バスツアーならお酒も安心して飲めますね。
④「越後上越・上杉戦国物語展2009」に向かいます。 途中「春日山城址」の石碑を発見。見つけた場所はなんと街中でした。 こんなところまでお城の領土だったのかと感心。
「越後上越・上杉戦国物語展2009」では、川中島合戦図屏風が展示されていました。 これは徳川が上杉の視点に立って描いたものだそうです。細かいところまで精巧に描かれていました。 屏風のそばに大きなパネルがあり、"屏風の中からここを探してみてください"と書いてあり、みんな一生懸命に探していて面白かったです。 でもここだけしか印象に残っていません・・・。
以前Gacktが上杉謙信役で出ていた大河ドラマ「風林火山」で使用された龍の絵。 軍配を上げて記念撮影。この後、再びこの絵を見ることになるとは・・・。
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⑤そして謙信が子どもの頃厳しい修行時代を過ごしていたという「林泉寺」へ。ガイドさんが案内してくれます。 今となっては存在自体が貴重な茅葺つくりの惣門(左)。以前台風で倒れ、現在は門をくぐることはできないそうです。 山門(右)には入り口から見て謙信直筆の「春日山」の文字が。 裏からは「第一義」の文字が見えます。
山門をくぐるとき、真上を見ると・・・! なんと先ほど見た龍が描かれているではありませんか。
ドラマではこの龍を使っていたのですね。
次に謙信のお墓を見に行きました。 どうやら、謙信のお墓は全国に4箇所あり、本物のお骨があるのは山形県米沢市とのことでした(^。^)
見所、話どころを知り尽くしたガイドさん。 春日山神社(上杉謙信が祭られている)までの135段の途中で、謙信の生まれた日・亡くなった日が石に刻んであること、謙信像の下の石垣がなぜあるのか・・・etc
きっと知らなければ普通に見て終わりだったでしょう。
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⑥謙信公にお会いしたあとは、いよいよ春日山城の本丸を目指して出発です。
御館の乱で破れ、自害した景虎宅址。 ひっそりと石碑のみが立っていました。 ガイドさん情報によると、"炎の蜃気楼(ミラージュ)"という小説(景虎が現代に生まれ変わる・・・というストーリー)を読んだ若い女性がお花を手向けに訪れることもあるそうです(^・^)
山城である春日山城がここまで繁栄の時代を歩めたのも、この井戸のおかげでしょう。全国に7つある山城の井戸の中でもトップクラスの水量を保っていたようです。ガイドさんオススメ!!ここを見ないと登ってきた疲れが取れませんよ!!
景勝もこの水を飲んで戦いにむかったのでしょう。
ついに春日山城の心臓部、本丸に到着です。 謙信が亡くなる前に書いた詩が書かれていました。 城址は現在は石碑のみですが、ここからの城下町を見る景色はすばらしいです。城の主たるもの、民の平和を願って毎日眺めていたのでしょうか。遠くに米山も見えました。
謙信、景勝、兼続と現代も同じ眺めを味わえるなんて贅沢ですね!
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これから山を下っていきます。 たくさんの土塁や堀を作り、城を守っていたとのこと。当時はきっと 敵も「しまった!やられた!」と思っていたんだろうなぁ。
毘沙門堂の前でパチリ。謙信といえばここでしょう!復元でしたが 当時はこの中で心を落ち着かせていたに違いありません。
普段使わない足を使っての城址めぐりはとっても楽しかったです。 昔の思いを馳せるというのもなかなかオツなものです。
今日の宿は、鵜の浜温泉:ロイヤルホテル小林さんです。 ↑客室から夕日がきれいに見え感動! 料理もてんこもりでアワビにカニなどなどおなかいっぱい頂きました。 この日は疲れてすぐに寝てしまいました。
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9月26日(土)
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いよいよ今日は佐渡へ上陸! 目的が目的なだけに、彼らは青い海を堪能する時間はなかったのでしょうね~
朝ごはんはやっぱり新潟県産コシヒカリ!いつも朝ごはんは食べないのに、 今日は2杯もおかわりしてしまいました。おいしかった~~
ホテル出発の時は、みなさんが手を振って見送ってくれました。 1人1個ずつわかめのお土産をもらいラッキー!
バスに乗って数十分、直江津港佐渡汽船ターミナルに到着。 岸壁には「こがね丸」が出航の準備に追われていました。それにしてもかなり大きい船でした。
いよいよ乗船です。 まず荷物を置いて「カッパえびせん」片手に甲板へGO!かもめの餌付けです。
この体験ができるのも フェリーならでは。
船内イベントでは一緒にツアー参加していたMちゃんが「上善如水」をゲット!! この日の夕食時にみんなに振舞ってくれました。
伝統芸能「佐渡おけさ」の見事な披露。子どもたちも小さいのに歌に踊りに大活躍!これから大会にでることのことでした。
佐渡おけさの振り付け講座です。とにかくていねいに教えていただきました。みなさん真剣です。
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船内で十分に楽しんでいたのであっという間に佐渡は小木に到着です。まずは昼食。
かき揚げやお豆腐・お刺身など豪華な食事をおいしく頂きました。
旅行雑誌を見ても、ほとんど載っていないこの「花の木」 中庭を眺めながらの食事はゆったりしていて雰囲気も◎。オススメです。
←← 花の木のすぐ近くにある「幸福地蔵」なんと!個人所有のものだそうです。 これがお母さんへのプレゼントなんてすごすぎる!! しかも一般の人に公開してくれるなんて心の広い方です。
← 車窓からの羽茂城址 かつてはこの山に羽茂城があったという・・・ 想像力が足りないのでかあまり歴史を実感できず・・・
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つづいて「妙宣寺」
日蓮が佐渡に流されたとき、彼に仕えた日得と、妻の千日尼が開いたお寺。
仁王門に入る階段から右手に
見える五重塔をパチリ。
ガイドさんによると、当時3階建ての申請をしておきながら
ちゃっかり5階分の材料を手配していたという。
新潟県内唯一の五重の塔
何ともいえないオーラを感じます。
一見の価値あり
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敷地内にある茅葺の庫裡(くり) 佐渡髄一という赤松の大黒柱は立派でした。 私もこの柱のように立派に家族をささえる大黒柱となりたいです。
特別展示されていた「直江兼継が奉納したという槍の先」 彼が使っていた槍がここで見られるとは!
河原田城址、高台のここには現在、佐渡高校が建っていました。当日は試験のためここから先は見ることができず残念でした。
そんなわけで、急遽訪れた「本田寺」すぐ近くにありました。 河原田東福城(後の獅子ガ城)城主本間佐渡守が開基したそうです。 看板は五十番でしたが、佐渡八十八霊場(現在は第八番)のひとつ。
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ホテルに向かう途中、車窓から「夫婦岩」を発見! 佐渡には奇妙な形をした岩が多数あるそうですが、この夫婦岩もその一つ
夕日の時間帯は岩もオレンジ色になり、キレイでした。 ガイドさん情報では、佐渡の子どもたちは海の色を 黄色やオレンジ色で描くといいます。 毎日こんなすばらしい色の海を見ていれば当然ですね!
景勝たちが最初に佐渡に上陸したというところ。 こうして見ていると、その時の光景が想像できます。
看板は大河が始まってから急いで作ったということで 小さくて地味だったな~
そして、本日の宿、ホテル万長に到着、
陽が沈む前に海辺を散策です。水平線に雲がかかってしまったのが残念ですが、日本海の夕焼けはとてもきれいです。夕食は東京では味わうことができない新鮮さです。当然完食です!
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9月27日(日曜日)
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いよいよ最終日、佐渡の歴史を学びに行きます。
ホテルを出発し、車窓から見えているのは相川郷土博物館です。 かつては御料局佐渡支庁だったそうで、金を保管していたとか (瓦に菊の紋が入れてありました)
←こちらは佐渡奉行所 当時のまま忠実に再現してあり、当然冷房設備はなく 時期を選んで見学したほうが良さそうです
←昔も今も人は金が好き、その為なら山をも真っ二つに。 道遊の割戸(左:正面より、右:裏手からの眺め) 佐渡金山へ到着です。
山の表面に見える小さな穴は、たぬき穴と呼ばれ人が一人やっと 入れる、ためし掘りの跡です。
それにしても機械を使わず、ノミとタガネだけでこれだけの穴を 掘るとは、なんという執念でしょう。 現代の私たちには決して真似することはできません。
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坑内はとてもヒンヤリしていて 夏でも寒いくらいです。
実物大の人形で当時を再現していました。 労働者の服装を見てもとても防寒対策をしているとは思えません。労働者たちが非常に短命だったのも分かる気がします。
宗太夫コースを終え、展示を見学 金の小判がズラリ!
金の延べ棒つかみにも挑戦しましたが惜しくも失敗。 今度は指を鍛えてきたいと思います。
↓ こちらは新しくできた坑道(道遊坑)です、明治時代から開削されました。宗太夫抗との最大の違いは、 多くの機械が導入されたことです。運搬もトロッコ列車にて行っていました。
平成元年まで実際に稼動していたというから これまた驚きです!
道遊抗コースは宗太夫抗コースと比べて階段が少なく 見学しやすかったです。
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こちらの鉄塔は垂直に穴を掘るためのもので、最大659mまで掘削したとか。今もこうして一部が残されています。
このように佐渡金山は深い歴史と近代産業の発達の原点とを合わせもつ 鉱山であり、いつまでも後世に伝えて欲しいと思います。 佐渡を世界遺産にする活動がどうか進みますように。
最後に訪れたのは、佐渡歴史伝説館です。 日蓮聖人や、順徳天皇・世阿弥など佐渡にゆかりのある人物の紹介や 語り部の老婆のコーナーもありました。
入り口のあるモニュメントでは 幸福を呼ぶといわれている「瑞鳥」が 待っていました。 (切手にもなったそうです)
お土産コーナーでは、ジェンキンスさんが迎えてくれる ここでしか手に入らない"ふきみそ"がお土産にオススメです
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建物の外はコスモスの花がとてもきれいに咲いていました。 そしてその前にある"幸せの石"に触れてこの旅も終わりを迎えます。
最後の昼食を新潟行きのジェットフォイルの中で頂きました。 ふるさと弁当という感じでお腹も満足です。 揺れもなく1時間ほどで、あっという間に新潟港に到着です。
そして3日間を共に過ごさせていただいたみなさんと つらい別れをして家路につきました。
このたびは、このような素晴らしいツアーに参加させていただき本当に充実した日を過ごすことができました。 新潟・佐渡の新たな発見も多く、これからも旅をする人たちにとっていつまでも魅力的な土地でありますよう願っております。 楽しい時間をどうもありがとうございました!
旅行記終わり
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