ペリーが柏崎に?!
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嘉永6年(1853年) アメリカ海軍司令官ペリーは軍艦4隻を率いて浦賀沖に来航した。 軍艦は通称「黒船」と呼ばれ、太平の世に衝撃をもたらした。
その黒船がいつの間に「柏崎」に?! (答えは本レポートの下部に)
今回は柏崎にある黒船館とペリーについて特集します。
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ペリーが柏崎に?!
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黒船大集合 (黒船館展示品より)
黒船1
黒船2
黒船3
黒船4
ハリスも登場 (中央がハリス)
幕末の銃 (左下が坂本竜馬愛用同型)
どれが本当のペリー??
西郷ペルリ
惣大将ヘロリ
関羽ペリー
青竜刀ペリー
お人好しペリー
英字新聞似顔絵
※館内は撮影禁止です。(本レポートは館より広報用撮影許可を得て製作しております)
百の顔をもった男「ペリー」
ペリー来航時、交渉に参加したのは幕府高官とお役人だけ。情報は一般庶民には秘密にされ、当然幕府からは何の発表もありません。ところが、この時の騒ぎがあまりにも大きかったものですから、黒船異聞は瓦版に絶好のネタを提供することとなりました。「ペリーは赤鼻の仁王のごとき顔付でキバを生やし、ワシのような爪をもち、真っ赤な血の酒を飲んでいる」など、愚にもつかないことが瓦版となって庶民の間に伝わったのです。みな伝聞と想像で描いている訳ですから、ペリーの肖像ひとつをみても、このように西郷ドンから関羽さんまで様々な顔のペリーさんが現れました。チョンマゲ、ヤジキタ、東海道五十三次の時代だからと一笑に付すことなく、この背景にある「ものごとの事実を知らされないということはどんなことか」、「ものごとの事実を知らせないということはどんな結果をもたらすか」という、現代にも通じる問題をお考えいただきたいと思います。
(黒船館案内文より引用)