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新潟県ホーム の中の農林水産業の中の直峰城(なおみねじょう)
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直峰城(なおみねじょう)

2013年07月31日
2013.7.19撮影
 直峰城は、通称城山(じょうやま)標高344mの地形を巧みに利用して造られた中世の典型的な山城です。山頂から四方に延びる尾根の中腹にかけて多くの曲輪や空堀・土塁などが残り、険しい地形と相まって堅固な構えを生み出しています。
 また、越後府中より関東へ通じる三国街道を眼下に望み、古くから戦略上重要な位置を占めていました。 
 南北朝時代は南朝方の勇将風間信濃守信昭公の居城と伝えられますが確証がありません。上杉謙信時代の城主は不明ですが、春日山城の支城として重要な役割を果たしました。謙信死去の後、家督相続をめぐった御館の乱で戦功のあった直江兼続の父が城主となりました。徳川時代に、幕藩体制の確立の巻き添えで廃城となり、今は当時植えられたという樹齢800年の大ケヤキが歴史の流れを伝えています。
                                  

【アクセス】

安塚交差点から本丸まで 車6分・登口から徒歩15分


虫川城は、直峰城の北麓にある戦国期の典型的な山城です。山全体を巧みに利用した城で、戦国末期の縄張を残す貴重な遺跡です。