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産婦人科勤務医から保健所長になって
私は昭和54年に新潟大学医学部を卒業後、産婦人科に入局し7年間の研修医生活を終え、昭和61年から17年間、厚生連村上総合病院で勤務させていただきました。2人の産婦人科医で、多い時は年間約600例の分娩を取り扱い、年休という言葉すら知らず、1年にせいぜい5日間程度の夏休みが唯一の長期休暇でした。年末・年始、ゴールデンウイーク、土曜・日曜もなく、朝なのか夜なのかも分からなくなるような激務を、医師なら当然と思っていた時代でした。もちろん、医療訴訟やトラブルも数え切れないほど経験し、悩んだことも少なくありません。 無我夢中で仕事をしてきた私も更年期を迎え、3人の子供たちは成人して家を離れ、自分自身の生き方・働き方を見直したいと悩んだ時に、先輩医師から保健所長の職を紹介されました。長年慣れ親しんだ職場を離れ、何より臨床現場から遠ざかることが辛く、全く違う行政職への不安もありましたが、一念発起してゼロからの出発となりました。保健所長として8年が過ぎようとしている今「新潟県女性医師ネット」の代表世話人として、後輩のためにお役に立つことが出来れば、これほど嬉しいことはありません。 皆様が志した医学は、生命と健康を守り、病気と闘う人をお手伝いする意味で、科学であり、哲学であり、宗教でもあります。生と死を身近に感じながら、絶えず緊張感を持って仕事をすることは大変ですが、多くの人から感謝され励まされ、生きる力を与えられ、私の人生を豊かにしてくれました。もし、もう一度生まれ変わっても、また産婦人科医として仕事をしたいと思っています。ただ、整形外科医の夫は、生まれ変わったら女医とは結婚したくないと感じているかもしれませんが・・・ 医師として仕事に悩みをお持ちの方、仕事を続けていくべきか迷っている方、今の病院に不満のある方、どうぞご連絡下さい。お待ちしています。
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