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新潟県ホーム の中の観光・イベントの中の【糸魚川】 「勝山」のご案内~豊臣秀吉が上杉景勝・直江兼続と会見を行った場所~
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【糸魚川】 「勝山」のご案内~豊臣秀吉が上杉景勝・直江兼続と会見を行った場所~

2011年11月10日
勝山カシミール3D画像
勝山カシミール3D
勝山カシミール3D断面画像
勝山カシミール3D断面図
勝山城の登り口写真

 9時28分:登り口

 勝山城跡への登り口です。
 旧ドライブインに車を止めて、登り始めました。
 駐車場は3台ほど停めることが出来ます。

 この勝山城跡では、かつて豊臣秀吉が天下統一のため石田三成を従え、上杉景勝・直江兼続と会見を行ったということなので、非常に楽しみな登山となります。

勝山城の登り口

登り口石碑と案内看板写真

 登り口には石碑と案内看板写真があります。

 〔案内看板の内容〕
 この道をたどると、標高328メートルの勝山山頂に達します。ここには天正(1573年~)の昔、上杉謙信の家督を継いだ景勝の「勝山城」がありました。
 豊臣秀吉が天下統一を進めていた1585年に、この城で会見したという話が残っています。

◆頂上までの所要時間40分◆糸魚川市

 と書いてあります。

登り口石碑と案内看板

登り口付近の写真

 9時36分

 登り口はややなだらかになっています。
 注意書きにもありましたが、登山道は狭く滑りやすいとのことですので気をつけて登りましょう。

登り口付近

標高100メートルの表示写真

 9時37分

 標高100メートルの表示があります。
 毎年整備されているようです。

標高100メートルの表示

急登の状況写真

 9時41分

 急登が続きます。
 ロープで登るところが何ヶ所もありますので、気をつけて登りましょう。
 すべての体重をロープに預けるのではなく、捕縄として使用しましょう。

急登の状況

案内表示の写真

 9時42分

 表示が消えかかっていますが、「山頂までもうひと頑張り」とあります。
 ペースが速かったことと、暑さもありバテ気味でした。

案内表示

梯子の設置状況写真

 9時47分

 梯子が設置されています、大変ありがたく感じて登ります。
 低い山ではありますが大変急登であり、岩場でもありますので下りには注意が必要です。

梯子の設置状況

標高250メートルの表示写真

 9時49分

 標高250メートルの表示があります。
 標高328メートルなのであと少しです。
 気を抜かずに頑張りましょう。 

標高250メートルの表示

市街地を望む写真

 9時50分

 この辺りから展望が開けてきます。
 写真のように糸魚川の市街地が眼下に広がります。

市街地を望む

直登の梯子写真

 9時51分

 直登する梯子があります。
 写真の梯子の下に日本海が広がります。
 ※危険な写真に見えますが、写真に写る姿とは別に登りやすくなっています。

直登の梯子

標高300メートルの表示写真

 9時52分

 標高300メートルの表示があります。
 山頂の様子が楽しみです。

標高300メートル表示

山頂の様子写真

 9時59分

 山頂に到着です。
 ここで戦国時代の盟約を結んだのかと、感動いたします。

 かなり広い山頂で祠や、山頂の三角点、案内看板が設置されています。

山頂の様子

祠の写真

 山頂の祠です。
 小さい物ではありますがおくゆかしさが感じられます。

 下の写真は、山頂の展望です。
 狼煙を上げるだけあり、周辺を一望できます。

雨飾り山と焼山の写真
雨飾山と焼山
糸魚川市街地と上越方面の写真
糸魚川市街地と上越方面
親不知・越中海岸展望所の案内看板写真

 親不知・越中海岸展望所の案内看板があります。
 50メートルほど西に向かいます。

 下の写真は親不知・富山方面の写真です。
 天候の状況では能登半島も見ることが出来ます。
 非常によい眺めであります。

親不知・越中海岸展望所の案内看板

親不知・富山方面の写真
親不知・富山方面
勝山城跡の案内看板写真

 勝山城跡の案内看板には以下のことが書かれています。

  この城は、戦国時代の越後上杉氏によって築かれ、落水城とも呼ばれた。日本海に迫る標高328mの断崖上にあり、西は越中宮崎から能登、東は上杉氏の居城春日山城以西の海岸部はもちろん不動山城や徳合城といった上杉勢の城を遠望できる要地にある。
 城の構えは小規模ながら、削平した山頂を主郭としてこれに続く尾根を堀切によって幾重にも分断して守りを構えている。館はこれより1.5㎞東の青海川左岸にあったようで、須賀盛能、秋山定綱、荻田主馬らが城将を勤めたとされる。
 天正13年(1585年)には豊臣秀吉が石田三成を従えて上杉景勝、直江兼続らとこの地で盟約を結んだとの伝えもあるが定かではない。しかしこの城の立地は越後国境の守備に重要な役割を果たしたことを物語っている。
糸魚川市


 登山者:安達 吉和・宮 拓男・佐藤 義明・伊藤 一彦

勝山城跡の案内看板