県内のおもな漁港で働く漁師さんを紹介するこのコーナー。
第4回目は 上越市名立区の名立漁港で働く常盤豊作(ときわとよさく)さんです。
常盤さんは名立漁港を基地に「小型底びき網漁業」と「たこ箱漁業」を営なみ、主にホッコクアカエビ(南蛮エビ、甘えび)とミズダコを漁獲しています。
常盤さんは、昭和24年に漁師の長男として生まれました。県立能生水産高等学校を卒業した時に、父親はすぐにでも家の漁業を継いでもらいたかったようですが、常盤さんは外で勉強したいと思い、日本水産(株)のトロール漁船(大型の底びき網)に乗船したそうです。トロール漁船の甲板員として北洋から南米沖、アフリカ沖、ニュージーランド沖とまさに世界の海を相手に働きました。新潟県内の多くの漁船が20トン以下という大きさであるの対し、常盤さんが乗船したトロール船は3,500トンもある大型船で、魚を獲る「甲板員」の他、獲った魚を加工する「従業員」という人も船内に大勢働いていたそうです。仕事はきつく、休みも少なく、まさに地獄のような生活で、多くの人が耐えられず2、3年で辞めて行くなかで、常盤さんはがんばりました。この間、漁労技術をいやになるほどたたき込まれ、この時磨いた技術が、後に地元へ戻ってどれほど役だったか分からないと熱く語ってくれました。
名立漁港の底びき網船
そして、漁船に乗って11年目、父親のたっての要望から、地元に戻る決意をしました。帰ってみると父親の漁船は小さく見え、これでは商売にならないと思い、それまで稼いだお金ですこし大きな船を買い、効率的にロープを巻き上げるリールも新たに導入しました。周りからはそんな重いリールを載せて大丈夫かとの声があがりましたが、その効率の良さから、周りの船もすぐに導入したそうです。その後の活躍はすばらしく、トロール船で磨いた技術をいかんなく発揮し、名立漁協でトップクラスの漁を続けました。
そんな常盤さんに転機が訪れました。底びき網は2名以上で操業しなければならない漁業であるのに、父親が亡くなり、自身の息子さんも漁業を継がないことになったため、人員不足から廃業の危機となりました。しかし、自分の代で漁業をやめていいものかと思い、県が実施していた漁業技術修得支援事業を利用して、研修生を受け入れることにしました。その研修生が一人前になれば船を譲ってもいいとも考えました。しかし、現実はきびしく、平成17年に受け入れた研修生は1年もたたずに別の仕事をしたいと言って船を下りました。その後、地元の高齢者を採用したほか、平成19年に再び研修生を受入れましたが長続きしません。別に厳しくしたわけではないと言います。今では地元の高齢者もやめてしまい、親戚から頼まれた若者を育てながら操業しています。今の若い人は言われたことはきちんとするが、自ら考えて動くことがないとのことです。朝5時出港といえば5時にしか港に来ません。自分の若い頃は言われる前に行動して必死になって先輩の技術を盗んだのにと嘆きます。それでも、現在乗船している若者を一人前に育てようと毎日がんばっています。
名立漁港の魚市場
ところで、名立漁協は平成21年12月に荷さばき所と事務所が新しくなり、組合員一丸となって、消費者に安全・安心で新鮮でおいしい魚を提供しようと張り切っています。また、漁協に隣接している観光施設「うみてらす名立」と協力して直接消費者に地場産魚を提供したり、「ゲンギョ」等の特産品の加工にも取り組んでいます。
ぜひ名立漁港に来ていただき、地場産のお魚を堪能するとともに常磐さんの楽しい話を聞いてみませんか。
次回は間瀬漁港と巻漁港で働く斉藤六蔵さんです。