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新潟県ホーム の中の農林水産業の中の入桑漁港(第1種 佐渡市管理)
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入桑漁港(第1種 佐渡市管理)

2010年11月22日
いりくわ漁港
入桑漁港 平成11年9月撮影
こちらをクリックすると、漁港の詳細なデータが表示されます(PDF形式  296 キロバイト)

漁村の歴史

【入桑】
 入桑(いりくわ)は羽二生(はにう)村の字で東上野(ひがしうわの)・西上野の段丘下と入桑の海岸沿いに集落がある。
 応永12年(1405)8月19日の久地本間氏給分帳写に「はねを」「羽入」「羽丹生」等とある。慶長5年(1600)の検地帳では本納3千349束苅余、見出496束苅余。中使は四郎左衛門(甲斐姓)が勤め、名請人は17人。元禄7年(1695)の検地帳では田13町1反余、畑6町7反余、名請人70人のうち屋敷持ちは42人。御林は中尾原に1箇所ある。宝暦7年(1757)の年貢割付帳に茶畑1反余、烏賊役、漆木役、油建木運上、糀室役などの小物成が見える。天保9年(1838)の書上帳では戸口53軒、284人で、うち家大工3、桶屋・板木商人各1がいる。貞享元年(1684)の訴状に「新屋六軒申し請け塩釜二枚仕立て三十年此の方御公納勤め罷り在り候」とあり、承応(1652~55)頃から入植者による塩浜作りが行われた。新屋六軒は各々播磨屋、越前屋、越中屋、能登屋、加賀屋、越後屋の屋号を持ち廻船業も営んでいた。
 段丘上に八幡若宮神社があり、明治40年(1907)宮川の千早(ちはや)滝から現在地に移された。
(出典:新潟県の地名 平凡社刊)