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新潟県ホーム の中の農林水産業の中の市振漁港(第2種 新潟県管理)
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市振漁港(第2種 新潟県管理)

2010年11月22日
市振漁港
市振漁港 平成22年10月撮影
こちらをクリックすると、漁港の詳細なデータが表示されます(PDF形式  136 キロバイト)

漁村の歴史

【市振】
 境(さかい)川を隔てて富山県と接する。「承久記」に「市降浄土ト云ウ所ニ云々」とみえる。元禄2年(1689)7月12日「奥の細道」の途次にある芭蕉は「越中の国一ぶりの関に至る」と記し、「今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云北国一の難所を越てつかれ侍れば」身を横たえ、新潟の遊女二人のあわれな語らいをもれ聞く。翌日同行を懇願されたが断り「哀れさしばらくやまざりけらし」として、「一家に遊女もねたり萩と月」と詠んだ。
 長円寺がある。
(出典:新潟県の地名 平凡社刊)
追記:市振の名の由来はこの地の氏神・白髭社の祀神「猿田彦命」に由来すると云われている。猿田彦命は天孫降臨の際に先頭に立たれた神で中世以降「道祖神」ともされている。旅の安全を守る神、道祖神を「道触神」(ちぶりのかみ)といわれた。その道触神(ちぶりのかみ)に威厳の「威」を冠らせて「威道触(いちぶり)」とする説がある。
 芭蕉が宿泊したと伝えられる桔梗屋は、大正3年(1914)3月17日の市振大火で焼失し、昔を伝える記録等は残されていない。