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新潟県ホーム の中の農林水産業の中の能生漁港(第3種 新潟県管理)
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能生漁港(第3種 新潟県管理)

2010年11月22日
能生漁港
能生漁港 平成22年10月撮影
こちらをクリックすると、漁港の詳細なデータが表示されます(PDF形式  139 キロバイト)

漁村の歴史

【能生】
 北から続く山並みが日本海に迫って海崖をなし、また岬や入り江が続き、高低起伏の多い海底などの立地条件に恵まれ漁場・漁港となっている。
 古来海陸産物の集散・交流の地として、また港町・宿場町として知られ、幕府領として栄えた。廻船業や漁業で生活する者が多く、ことに能生・鬼舞(きぶ)は近世西廻船・北前船の寄港地となった。水産物は四十物(あいもの)とされ、人の背で信濃国や筵帆(はがせ)船で遠国に運ばれた。
 正徳2年(1712)には地引き網が始められ、また江戸時代を通じて鱈の好漁場であったかんざし(寒刺)漁場の紛争もあり、沿岸漁業も盛んであった。
 能生白山神社社叢に生息する南方系のヒメハルゼミは国指定天然記念物でここが北限。
(出典:新潟県の地名 平凡社刊)
追記:大正7年(1918)国は本格的に漁港整備に取り組むため、27万円の補助金を予算計上し、地方公共団体が行う修築事業に工事費の1/2を補助することとした。
 能生は小名浜(福島)、白浜(千葉)、波切(三重)、油津(宮崎)とともにこの年工事に着手した。