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間瀬漁港(第2種 新潟県管理)

2011年09月29日
間瀬漁港
間瀬漁港 平成22年10月撮影
こちらをクリックすると、漁港の詳細なデータが表示されます(PDF形式  133 キロバイト)

漁村の歴史

【間瀬】
 海岸一帯は、越後七浦の一つで奇岩や砂浜が続き景観が美しい。当地の枕状溶岩は県指定天然記念物。洗足岩(せんぞくいわ)は弥彦明神の上陸地、女釜の洞窟は明神が塩焚きをした場所といわれ弥彦信仰に関わる伝説や旧跡が残る。
 近世に入ると三条藩稲垣氏領となり、慶安二年(1649)には村上藩領となる。その後幕府領、高田藩領、陸奥白川藩領と続き、文政六年(1823)以降伊勢桑名藩領となる。
 漁業は宝暦二年(1752)庄屋柏原新右衛門が海面借用の許可を受けて保証され、以後沖合の鱈漁、地引網による鰯漁を中心に盛んになった。
 間瀬大工は天正年間に能登から移住した職人が始まりといわれる。腕に優れ文政頃の篠原喜左衛門、田中三右衛門、田中要蔵の三名工は将軍に召し出され江戸で社殿建築に従事した。
 元禄十四年(1701)以降深ヶ沢鍋割(ぶかがさわなべわり)で江戸の山師田辺善兵衛、清水八左右衛門により銅の採掘が進められ大正末年まで続いた。
 大巳貴(おおむなち)神社、八幡神社、浄土真宗本願寺派専光(せんこう)寺、真宗大谷派西蓮(さいれん)寺がある。
(出典:新潟県の地名 平凡社刊)
◆地域情報スクエア
「おやひこさま」を訪ねて ~ 越後一の宮 彌彦神社 ~

 越後国一の宮である彌彦神社は、新潟県越後平野の日本海側に位置する弥彦山の麓に鎮座し、天照大神(あまてらすおおみかみ)の曾孫、天香山命(あめのかごやまのみこと)をご際神としています。弥彦山全体が神域となっていて、山頂には奥社(御神廟)があります。標高は634mで、世界一の自立式電波塔となる東京スカイツリーと同じ高さです。
 彌彦神社は万葉集の中でも詠まれていて、万葉の昔から、「おやひこさま」の愛称で広く親しまれています。初詣参拝者数は新潟県内一を誇り、秋に開催される菊祭りも多くの人で賑わいます。

 彌彦神社の拝殿へは、先ず、一の鳥居をくぐります。すぐに石橋がありその下には御手洗川が流れています。川までは石段で下り、実際に手を清めることが出来ます。川の上方には、神様が渡る玉ノ橋が架かっていて、格式の高さを感じます。次に、二の鳥居をくぐり、随神門へと向かいます。随神門は重厚で、拝殿へ向かう身が引き締まります。門を通れば拝殿へと出ます。弥彦山を背にした入母屋造の拝殿は美しく、神聖な雰囲気に満ちています。

 さて、彌彦神社から奥社へ行く手段ですが、登山は苦手だし体力に自信がないという方もご安心下さい。ロープウェイや車(弥彦山スカイライン)を利用して行くことが出来ます。山頂へ行けば、奥社は勿論、広大な越後平野、その反対側に目を向ければ、日本海に浮かぶ佐渡島を望むことが出来ます。

 最後に最近の弥彦の話題をご紹介します。一つはパンダ焼きというお菓子です。昨年のニッポン全国ご当地おやつランキングで「白パンダ焼き弥彦むすめ(枝豆)餡』が第一位を獲得しました。モチモチしていて美味しいお菓子です。もう一つは、彌彦神社が新潟県内最大級のパワースポットだということです。弥彦の豊かな自然と凛とした雰囲気は、疲れた心と体を元気にしてくれる力があると信じています。
(出典:国土交通省メールマガジン(2011/9/20 第730号))