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新潟県ホーム の中の農林水産業の中の寝屋漁港(第2種 新潟県管理)
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寝屋漁港(第2種 新潟県管理)

2010年11月22日
寝屋漁港
寝屋漁港 平成22年10月撮影
こちらをクリックすると、漁港の詳細なデータが表示されます(PDF形式  137 キロバイト)

漁村の歴史

【寝屋】
 勝木(がつぎ)川(かつて立島(たてしま)川と云った)河口左岸に位置し、北に鉾立(ほこたて)岩、南に立(たて)岩が海に突き出ている。
 文禄頃の瀬波郡絵図には「ねや村」とみえ、村の両側に岩が描かれる。正保国絵図には「禰屋村」と記され、高23石余、村上藩領に属した。
 天和元年(1681)から全国を旅した俳人三千風の日本行脚文集には「温海の温泉に17日入侍りて、道すがら根屋鉾楯、鬼梯、鼠関、葡萄越、三里の峠を越え」と記される。
 宝永元年(1704)頃の村上十五万石御領内諸書留帳によれば当村には番所が置かれ富樫伝右衛門が常番を勤めた。富樫家は廻船業を営み、明治に入ると新潟と酒田を結ぶ客船を所有した。
 石動(いするぎ)神社がある。
【鵜泊】
 立岩を隔て寝屋に続く。文禄頃の瀬波郡絵図には「うどまり村」とあり、村の両側海縁に大岩が描かれる。正保国絵図では高40石余、村上藩に属した。
 貴船(きふね)神社、曹洞宗泉竜(せんりゅう)寺がある。
(出典:新潟県の地名 平凡社刊)